【恋愛弱者】

 ガッカリすることはないが、とても意外だった。


 もしかすると、普通の女子中学生は、そういうことを日常的に話題にするのかもしれないが、私と采奈がそれについて意見を交わすのは初めてだった。


 「友情」に関しては、あえて話題にしないだけかもしれない。

 仲良し六人組で、屋上前の踊り場に集まったり、現にこうして修学旅行の夜に旅館から抜け出してたむろしたりすることも、友情の体現であるように思われる。



 もっとも、「恋愛」に関しては、可愛くてモテる朝雨はともかく、私と采奈には無縁であると思っていた。


 私は、暗くて地味だから、モテない。


 そして、采奈も、私のように性格に難があるわけではないが、決してモテるタイプではない。

 采奈は、片腕の欠けた障がい者である。そのハンデは、恋愛の場面では、私が想像している以上に大きいものなのだと思う。



 しかし――



「実は、今、ボクは道人に告白されたんだ」


 采奈は、そう打ち明けた。


 さらに――



「隠してたんだけど、ボクは、今、新多と付き合ってる。だから、ボクは道人にはごめんなさいをしたんだ」


 私は、全身に電流が走るような衝撃を受けた。


 どうやら、モテなくて、恋愛と無縁なのは、私一人だけだったようである。



 ここから先の采奈の話に関しては、正直、あまり聞けていなかった。


 私は、恋愛に対しては強いコンプレックスを持っている。



 年頃の女の子である以上、当然、恋はしたい。


 これは他人に言ったことはないが、少女漫画を読むのが、昔からの趣味なのである。



 しかし、私には恋愛はできない。



 私は、男子からそういう目で見られることはないのである。



 現実には、少女漫画のようなロマンはない。


 地味な女の子の元には、いつまで待っても、カボチャの馬車も白馬の王子様もやって来ない。


 この世の中に、恋愛ほど不公平で、残酷なものはないのである。



 私は、失礼ながら、今まで、采奈も私と同じ境遇なのだろうと思っていた。


 勉強を始めその他の分野では何も勝てないけれども、恋愛に関してだけは、私と采奈は同類だと思っていたのである。



――しかし、それは、単なる私の思い上がりに過ぎなかった。



 采奈は、私が親しい数少ない男子のうち二人から求愛され、その二人を天秤に掛けている立場なのである。



 仮に、私に、嫉妬心がなく、采奈の話を冷静に聞くことができていれば、おそらく、采奈の話はもっと違って聞こえたのだろう。



 采奈は、こう言っていたのだ。



「ボクにとっての最優先課題は、今の仲良し六人組を存続することなんだ」


 恋愛よりも友情が大事、と采奈はハッキリと言っていたのである。


 しかし、それは、億万長者に「大切なものはお金では買えないよ」と説教されるかのようなもので、恋愛弱者の私には、単なるイヤミにしか聞こえなかったのだ。



「采杜子、ボクはどうするべきだったんだろうか? もしくは、これからどうするべきなのだろうか?」


 相談に乗る役を引き受けておきながら、私は、采奈から投げられたボールを打ち返すことができなかった。



「えーっと、うーん、そうですね……」


などと、考えるフリをしながらも、そんな贅沢な悩み、私も持ちたいわ、と心の中で毒を吐いていたのである。



「……ちょっと難しい話だったかな?」


「……そうですね。私には荷が重いかもしれません……」


「そうか……」


 采奈も私も話すのをやめ、気マズい雰囲気が流れる。


 もしかすると、それを「気マズい」と感じていていたのは、私だけかもしれない。


 采奈は、私が、ちゃんと采奈の話に親身に寄り添い、ともに悩んで、その結果、答えは出せなかったものと勘違いしているかもしれないからだ。



 「気マズい」静寂を破ったのは、「あ!」と不意に出た私の声だった。



 私の人並外れた視力が、遠く離れた橋の上にいる人物を捉えたのである。


 私は、その人物を指差しながら、言う。



「道人さんです! 橋の上にいます」


「本当だ……」


 今私たちがいる河川敷とは違い、橋の上には光源がある。ゆえに、采奈も、私が指摘することで、道人の存在に気付けたのである。



 道人は、橋を渡っていたわけではない。橋の中央付近で立ち止まり、こちらの方を見ているのである。


 かなり大きな橋である。

 車通りもそれなりにあり、ここで私や采奈が声を張り上げても、道人には届かないだろう。



「道人は何をしてるんだろうか?」


 私も、采奈と同じことを疑問に思っていた。

 先ほど浮かんだ不安がフラッシュバックする。



 まさか川に飛び降りるつもりなのではないだろうか――



 その不安は、先ほどよりかは具体化している。采奈の話によれば、道人はつい先ほど、采奈に告白し、玉砕しているのである。



 この距離ではどうすることもできないのだが、私は、橋の上の道人の動向を、目を凝らして注視していた。


 幸い、欄干に乗り出すのような様子はない。


 その代わり――



「何かポケットから取り出しましたな」


「そうですね。赤い……袋ですかね?」


 その正体にいち早く気付いたのは、采奈である。



「ミサンガの入った袋じゃないか?」


「そうですね! 間違いないです!」


 視力の良い私にはハッキリと分かった。


 あの赤白のチェックの小袋は、今日の昼間、ミサンガを買った時に包装用に使われていたものなのである。



「……おい。道人、まさか、やめろ!!」


 采奈が突然叫び、橋の方へと砂利を走り出した理由は、鈍臭い私にはすぐには分からなかった。



 しかし、橋の上の道人の次の行動で、采奈の行動の意味が分かった。



 道人は、ミサンガの入った袋を、橋の上から、川に向かって落としたのである。



 そして、采奈は――

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