不公平

「……ま、まさか、采奈は、自ら川に飛び込んだのか?」


「……はい。そうです」


 なんということだ――



 僕は愕然とする。



 それだと本当に――



「采奈を殺したのは僕じゃないか……」


 「そういうことです」と、紗杜子は頷く。


「采奈さんは、道人君が投げ捨てたミサンガを拾うため、川に飛び込んだんです」



 僕は、目頭を押さえる。


 そんなことでは溢れる涙も、溢れる感情も止めることはできず、僕は、ウォンウォンと泣く。


 ハンバーガーショップの観客の視線が一斉に僕に向くが、そんなこと気にせずに、僕は泣き続ける。



――僕が采奈を殺してしまったのだ。


 僕が、誤って采奈に恋してしまい、とんだ思い違いをしてしまった結果、采奈は命を落としてしまったのである。


 それは、完全に僕のせいである。



「これは私も勘違いしてしたことなのですが、采奈さんにとって、一番大切だったのは、『仲良し六人組の存続』だったんです」


 取り乱す僕を前にしても、紗杜子は、滔々と話を続ける。


 まるで、この話をする際には、感情を排除しなければならない、と事前に決めていたかのようである。



「道人君の告白を断った采奈さんが一番気にしていたのは、道人君と今までどおりの友だち関係を続けられるかどうかだったんです」


 フラれてもなお引き下がる僕に対して、采奈は、たしかにこう言っていた。



「道人と付き合うことはできない。だけど、ボクは道人と今までどおりの関係を続けたい」と。



「そして、お揃いで買ったミサンガは、まさに仲良し六人組の『友情の証』でした。ですから、それを橋の上から捨てるという行為は、采奈さんの目には、『道人君の友情関係からの離脱』に見えたわけです」


 たしかにそう見えるのが自然だろう、と思う。



「采奈さんは、それを止めたかった。そのために、後先を考えず、川に飛び込んだのです。私たちがいたのは、道人さんがいた橋から見て、川の下流側ですから」


 「後先を考えず」という、紗杜子の表現がしっくりくる。


 片腕のない少女が、制服を着たまま、増水した夜の川に飛び込むなど、自殺行為に等しいのである。


 采奈が冷静な状態だったら、間違いなくそんな危険なことはしなかった。


 あの日、僕も普通ではなかったが、采奈もまた普通ではなかったのである。



「……私は、道人君に、『采奈さんを殺したのは私ではなく、道人君』だと言いましたよね」


「……ああ、紗杜子の話を聞いて、僕はそのことの意味がよく分かったよ」


「でも、私は、もしかしたらそうではなく、、とも思ってるんです」


「……どういう意味?」


 紗杜子の急な話の展開に、僕は戸惑う。



 紗杜子が、少し声を落とす。



「実は、私、采奈さんが、川に飛び込んだのを見た時、心の中で『やった!』って思ったんです」


「どうして……」


「私、何でも持っている采奈さんに嫉妬してしまっていたんです」


 紗杜子は、冷たくなったポテトを摘み、口に放り込みながら、言う。



「世の中って不公平ですよね。采奈さんは、勉強もできます。絵は天才的です。人格的にも優れています。その上で、采奈さんは、新多君からも、道人君からもモテていたんです」


 それに比べて、と言いながら、紗杜子は、さらにポテトを口の中に放り込み、むしゃむしゃ食む。



「私は、何も持っていません。勉強もできないですし、絵も描けません。根暗ないじめられっ子です。誰からもモテません」


「そんなことは……」


「同情はやめてください。道人君は、私じゃなく、采奈さんを選びました。その後、采奈さんは朝雨さんと付き合っています」


 たしかにその事実が歴然としてある以上、僕が紗杜子にどんな言葉を掛けても、それは同情と受け止められてしまうだろう。



「道人君の『同情』には、感謝していますよ。いじめられ、クラスで孤立している私を助けてくれたのは道人君です。『采奈お助け隊』という居場所を作ってくれました。こんな私でも、楽しい学園生活が送れたのは、道人君のおかげだと言っても過言ではありません」


「紗杜子……」


「でも、それは『同情』なんです。私は、常に『同情』を与えられる側でした。そして、道人君、それに采奈さんは、常に私を『同情』する側なんです」


 紗杜子がそのような捉え方をするのも致し方ないように思う。

 実際に、僕が、紗杜子を采奈お助け隊に誘ったのは、紗杜子を「助ける」ためであり、采奈もそのことに同意をした。


 それは紗杜子への『同情』ゆえにほかならない。



「本当は、偏に、私の努力不足なんです。そんなことはよく分かっています。采奈さんは、生まれつき左腕がないという大きなハンディキャップを持ちながら、努力によって、采奈さんの地位を築いたんです。だから、努力もしない私が、采奈さんに嫉妬をするのは、筋違いなんです」


 ですが、と紗杜子は続ける。



「愚かな私は、頑張っている采奈さんのことを、こう思ってしまったのです。、って」


 これまで感情を露わにしなかった紗杜子の目に、涙が浮かぶ。



「だから、私は、


「……紗杜子、もういいよ」


 紗杜子の話を聞き続けるのは、今まで信じてきた何かが壊れてしまうようで辛かった。


 しかし、僕の制止にもかかわらず、紗杜子は続ける。



「采奈さんが、ここで川に溺れて死ぬことによって、ようやく私と采奈さんの命が釣り合う気がしたんです。意味分からないですよねでも、川に流されていく采奈さんを見て、私は、そう思いました」


 「世の中って不公平ですよね」と紗杜子はまた繰り返す。



「私はとことんダメ人間なんです。元々采奈お助け隊にいながら、采奈さんにいつも助けながら、采奈さんが本当に助けを必要としている時に、采奈さんを助けることを拒否したんです」


 それだけじゃないんです、と紗杜子は続ける。



「私は、私が采奈さんを見殺しにしたことを、みんなに隠そうとしました。ゆえに、私は、今日初めて他人にこの話をしました。そもそも、采奈さんと最後に会っていたのが私だということですら、今道人君に指摘されるまで、誰にも言うつもりはなかったんです。采奈さんを見殺しに後、私は、しれっと他のメンバーの輪に加わり、采奈さんを探すフリをしていたんです」


 紗杜子は、再度、「私ってとことんダメ人間なんです」と言って、自らの話を締め括った。


 僕は、また「同情」と捉えられてしまうことは分かっていたが、それでも、紗杜子に、「そんなことないよ」と声を掛ける。


 紗杜子は、ダメ人間なんかじゃない。


 おそらく、人間という生き物は、そういう生き物なのである。

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