最後のデート
「鴨川ってこんなに雰囲気の良い場所だったっけ?」
春の訪れを感じさせるピンク色の薄手のコートを羽織った朝雨が、河川敷を見下ろして、言う。
「昼間はこんな感じ……なんじゃないかな?」
思うに、朝雨が「雰囲気の良い」と言ったのには、二つの意味がある。
一つは文字どおり、「素敵な場所」という意味である、そして、もう一つは、「ムードがある」、つまり、「カップル」が多いという意味である。
「朝雨、デート場所としてなかなか悪くはないでしょ?」
「思ったよりはね」
朝雨は苦笑いする。
僕が、朝雨との最後のデート場所に選んだのが、京都だった。
そのことをLINEで知らせた時、朝雨は間違いなく戸惑ったと思う。
予想外の遠出だというのもそうだし、何より、僕らにとっては、京都という土地には特別な意味合いがある。
「河川敷まで降りてみようか?」
「別に良いけど」
僕は、朝雨の手を引きながら、急な石階段を一歩一歩下りる。
「道人、鴨川ってこんなに穏やかだったっけ?」
「まあ、あの日は大雨の影響で増水してたから」
河川敷に降りると、朝雨は、僕の手を振り解き、ちらほら小さな花の咲いている雑草の中を分け入って行く。
「あの日、私たちが座っていたのはこの辺りかしら?」
「多分、違うと思う」
「じゃあ、どこ?」
「もっと遠くだと思う。多分」
鴨川は長い川である。
似たような景色が至る所にある。
あの日、僕らが六人で宴になって、缶ジュースで乾杯をした場所が正確にはどこなのか、実を言うと、僕もよく覚えていない。
僕が采奈に告白をした場所も然りである。
ましてや、采奈の死体が川のどこで見つかったのかということは、そもそも知らないのである。
それでもやはり鴨川の河川敷の光景は、僕らには特別なものである。
「まさか、道人とまた一緒に鴨川に来ることがあるなんてね」
「素敵でしょ」
「景色はね」
ただ、と朝雨は声を曇らせる。
「私、道人は采奈との思い出を語ることを避けているんだと思ってた。とりわけ、あの京都の夜に関しては」
「たしかに避けてたよ。今まではね」
僕は、雑草の茂みの中で立ち止まっていた朝雨を追い越して、川沿いの際にまで行く。
今は穏やかだが、これが采奈の命を奪った川の流れなのだ。
「でも、地獄丸のおかげで、僕はそれと向き合うことができるようになった」
「まさか、道人、地獄丸に感謝してるの?」
「まあね」
僕は、振り返り、朝雨の目をまっすぐに見て、言う。
「朝雨、ありがとう。
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