僕が落としたもの
――ブッブー
トラックのクラクションの音に反応して、僕は欄干の方に身を寄せる。
反射的に身を躱した後で、このまま轢かれてしまった方が良かったのかもしれない、とそんなことを考えてしまう。
僕は、欄干に倒れ込むように寄りかかりながら、橋の中央付近まで進む。
そこから、河川敷を見下ろす。
「……あれ? 誰かいる」
僕がそう独り言を漏らしたのは、先ほどまで僕と采奈がいた場所に、人影二つが見えたからである。
二人とも、僕の中学校の制服を着た女子だ。
そのうちの一人は、采奈だろう。
ここからはほとんどシルエットしか見えないが、片腕がないので、間違いない。
もう一人は――
紗杜子に違いない。
特徴的な三つ編みのおさげの髪型は、遠くからでも分かる。
少なくとも、もう一人の候補である、朝雨ではない。
二人は河川敷で話し込んでいるようである。
一体何を話しているんだろうかと気になったが、それを気にすること自体が間違っているような気がした。
采奈はもう――
僕は、新月の、漆黒の空を見上げる。
先ほどは、少し言い過ぎてしまった。
僕は、僕の感じている惨めさを采奈に理解してもらおうと、采奈に、必要以上に強い言葉を投げ掛けてしまったのである。
とりわけ「もう二度と僕に関わらないでくれ」というのは、明らかに言い過ぎた。
僕は、采奈と絶交しようとまでは思っていない。
今までどおりの関係を続けられるかどうかはよく分からないけれども。
ただ――
いずれにせよ、采奈への恋心は、捨て去らなければならない。
それは、誤ったものであり、僕のためにも、采奈のためにもならないものなのだから。
僕が采奈への恋心を捨て去り、封印することができれば、僕は、采奈とこれまでどおり一緒にいられるかもしれない。
僕は、ズボンのポケットに手を突っ込む。
そして、赤白のチェックの小袋を取り出す。
ここに入っているのは、
婚約指輪や結婚指輪のような大袈裟なものではないが、中学生のお小遣いからすると、若干背伸びが必要な金額だった。
僕は、このペアリングを、ミサンガを購入したお土産屋さんで購入していた。
仲良し六人組の輪からこっそり抜け出し、バレないように買っていたのである。
そこから戻ったところ、お揃いのミサンガを買うという話が勝手に進んでいて、万事急須だったのだ。
僕がペアリングを購入したのは、告白が成功した暁に、采奈に渡すためだった。
しかし、生憎、告白は失敗した。
ゆえに、ペアリングは、未開封のまま、僕のポケットに入っていたのである。
なお、素材はすでに調べてあり、僕のアレルギーの対象外であるチタン製であることは確認済みである。
結果として、付けることはないので、意味はなかったのだが。
僕は、このペアリングを、采奈への恋心とともに、鴨川の水底に封印しようと考えたのである。
そのために、この橋まで移動してきたのだ。
僕は、赤白チェックの袋に入れたままの指輪を、橋の上から落とした。
それは、欄干から漏れる、車のヘッドライトの明かりを浴びながら、自由落下していく。
僕は、赤白チェックの袋が鴨川に落ちる様子を、じっと見守る。
そして、それが水面に浮かんだのを確認したところで、そっとその場を離れた。
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