ミサンガ


「あれ? みんなどこ行ったんだろう」


 そのお土産店は広く、そして、僕の独り言が掻き消されるくらいに人でいっぱいだった。

 僕は、人混みを掻き分けながら、まずは八ツ橋などのお菓子が並んでいるブースを見回る。


 しかし、そこには仲良しメンバーは誰もいなかった。



 どこにいるのかの心当たりがない以上、しらみ潰しに店内を探すしかない。



 僕は、お店の商品には目もくれず、陳列棚と陳列棚の間をスラローム状に移動する。


 そして、ようやくみんなを発見した。


 どうやらみんなも僕を探していたようで、僕の姿を見つけた紗杜子が、「道人君、見つけました!」と声を上げる。


 僕は、小走りでみんなの元に駆け寄る。


 そこは、装飾品の類が売っている棚の前だった。



「道人、どこ行ってたの?」


 朝雨が眉を顰める。



「別にどこも行ってないけど」


「本当? 突然どこかに消えなかった?」


「消えたというか、僕がお菓子を見てたらみんなが先に行っちゃったというか……」


 僕は適当にはぐらかす。

 朝雨が勘付いたとおり、僕は、みんなの目を盗んで、あえて単独行動をとっていたのである。


 もっとも、その理由は、口が裂けても言えない。



「まあ、とにかく道人、これを見て」


 どうやら話題は変わったようである。


 僕はホッとしながら、朝雨が手に掲げた物に目を遣る。



「……これって?」


「知らない? ミサンガっていうんだけど」

 

 朝雨が掲げていたのは、ピンク色のミサンガだった。決して知らないわけではない。小学生の頃、自分で編んだものを腕や足首に巻くのが流行っていた。


 ただ、売り物として売っているのを見るのは初めてだった。



「……ミサンガがどうしたの?」


「みんなでお揃いで買いたいんだとよ」


 そうぶっきらぼうに答えたのは、新多だった。

 新多のゴツゴツした手には、朝雨が見せてくれたものと同じデザインの、しかし色違いのミサンガが握られている。黄色である。



「新多、なんだか嫌そうだけど」


「別に嫌じゃないけど、ガキっぽいなとは思う」


 随分と嫌そうである。



「俺の趣味でもないね」


 新多に同調したのは、楊広である。青いミサンガを手に握り締めつつ、新多以上に渋い顔をしている。



「じゃあ、やめれば良いじゃん」


 僕が素朴な感想を述べると、楊広はチッチと舌を鳴らす。



「それがそういうわけにもいかない。女性陣の肝入りなんだ」


 女性陣というと、朝雨、紗杜子、そして、采奈ということになる。



 僕は、まず朝雨の顔を見る。



「いや、別に、私はどうしてもって訳じゃないけど、悪くはないかな、って」



 次に、紗杜子の顔を見る。手に持っているミサンガの色は紫である。



「えーっと、私はこういうのよく分かりませんので……」



 ということは――



「道人、ボクの提案なんだ」


 采奈は右手に二本のミサンガを持っていて、それを僕の鼻先でブラブラと振ってみせる。赤と緑である。


 そして、



「これが道人の担当色だよ」


と言って、赤色のミサンガの方は手の平で覆い隠し、指で摘んだ緑色のミサンガの方を僕に差し出す。


 僕が受け取るかを悩んでいると、采奈は、緑色のミサンガの方も手のひらで覆う。



「もちろん、みんなに無理強いはしないよ。あくまでもボクの提案だ」


「……みんながミサンガをお揃いで買うかどうか、僕に決定権があるの?」


「うーん、そうだな……新多と楊広はどちらかというと反対。朝雨はどちらかというと賛成……紗杜子は?」


 采奈の問い掛けに、紗杜子は先ほど同様、「私はこういうのよく分かりません」と答える。



「紗杜子は棄権だな。すると、賛成二票、反対二票で、道人、君にキャスティングボートが握られている」


――何ということだ。知らぬ間にそんな事態になっていただなんて、こっそり抜け出すタイミングを間違えたかもしれない、と僕は心の中で後悔する。



「さあ、道人、賛成反対どっちかい?」


「采奈、ちょっと待って……ミサンガをちゃんと見せてもらっても良い?」


「もちろん。判断のためには大事なことだ」


 僕は、采奈が再び差し出した緑のミサンガを、慎重に摘み上げる。


 そして、それを丁寧に観察する。


 心の声が自然と漏れる。



「分からないなあ……」


「道人、何が分からないんだい?」


「……いや、何でもない」


――そう。何でもないのである。


 本当は、ミサンガを観察する前から、僕の答えは決まっているのだから。



「よし、賛成。僕はミサンガ購入を支持するよ」


「おお、これで賛成三票、反対二票、棄権一票。決まりだな」


 采奈が、子どものように無邪気に笑う。



 采奈のその表情を見て、僕は心の底からホッとする。

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