地獄丸の正体


 紗杜子が注文したのは、サイドメニューのサラダとポテトだった。


 ハンバーガーを頼まなかったのはダイエット中だからか、と訊くと、そういうわけではない、と返って来る。



「それで、道人君、話って何ですか?」


 紗杜子が、透明なカップに入ったサラダに、ドロドロのドレッシングを掛けながら訊く。


 紗杜子には、LINEで、「大事な話がある」と伝えていたのである。


 このまま紗杜子のペースに付き合っていると調子が狂いそうなので、僕は、ハンバーガーの包みも開けないまま、さっさと本題を切り出す。



「紗杜子、地獄丸というVtuberについてこの前話したよね?」


「はい。聞きました」


 今から三日前、駄菓子屋の前のベンチで、僕は地獄丸の配信の動画を見せた。


 それを見た紗杜子は、驚いて目を丸くしていたのである。


 まさかそれが演技だっただなんて、その時の僕は思ってもみなかった。



「単刀直入に言うよ。地獄丸の正体は、紗杜子だよね?」


 紗杜子の反応は――



「……ち、違いますよ! 私が地獄丸だなんて、そんなの、勘違いです!」


 紗杜子は、口をパクパクさせながら、顔の前で何度も手を振る。



「わ、私、そんなの無理です! 第一、Vtuberとか配信とかもよく分からなくて、道人君に教わるまで、本当に何も知らなかったんです!」


 紗杜子がトボけるということも、もちろん、想定済みである。


 やはり、事実をもってして紗杜子を追い詰めなければならないのである。



「紗杜子、昨夜の地獄丸の配信は知ってるよね?」


「……はい、知ってます。私が地獄丸だからではありません。視聴者として見ました」


「昨日の配信で、地獄丸は、僕が采奈のことを好きだった、と言った。そして、京都の夜、僕は采奈に告白し、フラれ、その腹いせで采奈を川に突き落としたと」


「……言ってましたね。道人君はそんなヒドイことをする人じゃない、と私は思ってますけど」


 紗杜子が地獄丸でないとすれば、僕は紗杜子からその言葉をもらえたことを喜んだことだろう。



「正直に言って、僕が采奈のことが好きで、その夜に采奈に告白し、そしてフラれたことまでは紛れもない事実だよ」


 しばらく待ってみたが、紗杜子からは何も反応が返って来なかった。


 「それは知りませんでした」と大袈裟に目を見開くこともしない。


 それは自然なことなのである。紗杜子は、僕が采奈のことを好きだったことも、僕が采奈にフラれたことも元々知っているのだから。



「紗杜子、認めるんだね? 君は――君だけは知っていたはずなんだ。僕が采奈に告白した、という、僕が誰にも話していない、本来誰も知るべきでないことを」


 紗杜子は、しばらく黙り込んだ後、ついに、


「はい。知っていました」


と自白する。



 なぜ僕が誰にも話したことがないことを紗杜子が知っているのかというと、その答えは極めて単純である。



。僕が采奈に告白したことを」


 紗杜子は、「そのとおりです」と頷く。



 僕は偶然見たのである。


 



 采奈は、その時、たった今僕をフッたということを、紗杜子に対して話していたのである。


 その後、すぐ采奈は死んだ。



 つまり、僕が采奈に告白してフラれたことは、僕を除けば、紗杜子だけが知っているのである。



 ゆえに、地獄丸の正体は紗杜子なのである。

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