脱力

 その人物――深山紗杜子は、被っていた麦わら帽子を脱ぎ、いつもの三つ編みのおさげ髪を露わにする。


 この季節に麦わら帽子とは奇妙だが、おそらく紗杜子は、そんなこと気にせずに、一年中同じ帽子を被っているのだろう。


 紗杜子は、そういう子なのだ。



「道人君、遅れてすみません」


「遅れてないよ。待ち合わせ時間まではあと三分ある」


「そうでしたか」


 紗杜子の声には緊張感はない。

 いつもどおりの、フワフワとした、聞いているだけでこちらの力まで抜けてしまうような声である。



 果たしてそれは紗杜子の演技なのだろうか――


 それとも、紗杜子は、これから自分が地獄丸の正体だと暴かれることを少しも予感していないのだろうか――



 いずれにせよ、僕の方は、もう何も駆け引きをすることはない。


 ただ淡々と事実を述べ、事実によって紗杜子を追い詰めていくだけなのである。



「どうぞ。座って」


「ありがとうございます」


 紗杜子はニコリと笑う。


 まるで、元親友である僕にランチに誘われたことが心底嬉しい、とでも言わんばかりに。


 仮にこれが演技だとすれば、大した役者である。



「私、この店入ったことないんですよ」


「へえ、学校から近いのに?」


「はい。そもそも外食自体ほとんどしないので」


「本当?」


「はい。ところで、道人君、メニュー表はどこですか?」


 あまり外食をしないというのは、本当なのだろう。ここは全国的に有名なハンバーガーチェーンであり、売り場で注文し、売り場で商品を受け取る仕組みである。それすらも知らないというのは、世間知らずにもほどがあるな、と思う。



 僕は、ショルダーバッグから財布だけを抜き出し、丸机に置くと、紗杜子を誘って、一階の売り場に移動する。

 一緒にいると、本当に力が抜ける。

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