第四章
動揺が生んだもの
口の中で弾ける炭酸が、僕を至福の時へと導く。
――やっぱり、コーラは最高である。
そして、何よりこの空間が最高なのである。
夜の京都。
鴨川の河川敷に、仲良し六人組が旅館を抜け出して集まり、地べたに座り、円になって、缶ジュースで乾杯をする。
コーラは、開放感の象徴である。
これほどコーラを飲むのに適した空間はないだろう。
もっとも、僕の中では、同時に焦りもある。
このまま心地よい空間に浸り、楽しく時間を過ごすだけではダメなのだ。
今晩の僕には使命がある。
采奈と二人きりの状況を作り出し、采奈に愛の告白をするのである。
そのための準備も、僕はすでにしてあるのである。
僕は、ズボンのポケットを外側から触り、その感触を確かめる。
決行するのは、今日しかあり得ない。
先延ばしにすれば、コーラの炭酸のように気が抜けてしまい、台無しになってしまうように思うのだ。
若干不自然でも良い。何とかして、采奈に声を掛け、どこか離れたところに連れ出すのだ。
僕は、景気付けに、シュワシュワのコーラをさらに喉に流し込む。
「ねえ、道人」
僕の名前を呼んだのは、紛れもなく采奈の清らかな声だった。
「ミサンガは付けないのかい?」
「え?……ゴホゴホッ」
飲み込みかけたコーラが気管支の方に入り、僕は咳き込む。
如何にも動揺したようになってしまったが、実際に、僕は動揺しているのである。
止まらない咳を抑えようと胸の辺りをトントンと叩きながら、他の面々を見渡すと、全員が腕にミサンガを巻いていることに気が付く。
采奈の赤、朝雨のピンク、新多の黄色、楊広の緑、紗杜子の紫。
僕の緑だけが足りない、と采奈は指摘したいのである。
「ごめん。付けるのを忘れて来ちゃって」
僕は、咳が落ち着いてから、そう答える。
それは、その場を取り繕うための嘘である。
「買ってすぐに付ければ良かったじゃない」
本来ならば、朝雨の言うとおりなのだろう。
「たしか、道人、買った時の袋のまま、すぐにカバンにしまってたよな」
楊広はよく見ている。たしかに僕は、お土産店の、赤白のチェックの紙袋からミサンガを出すことなく、そのままスクールバッグの中にしまった。
「みんな、そんな風に睨まないでよ。単なる凡ミスなんだから」
そう茶化すことで、僕は、その話題を断ち切ろうとした。
しかし、采奈は、睨んでいる、というより、悲しげな目で、僕の顔を見ている。
「道人、もしかして、ミサンガは気に入ってなかったのかい? それなのに、あの時は、ボクに気を遣って……」
「違うよ! 采奈、そんなことないから!」
僕は慌てて、采奈の考えを否定する。
なぜ慌てるのかというと、采奈の言ってることはほとんど図星だからだ。
ただし、決してミサンガを気に入らなかったわけではない。
アレルギーの問題である。
采奈が提案したミサンガは、結び目に金属が付いている。
僕は、
采奈に気を遣った、という部分は、完全な図星だ。
僕は、采奈から、ミサンガをお揃いで買うことに賛成か反対かの意見を求められた時、まず、ミサンガを観察した。
使われている金属が何かをチェックするためである。
しかし、素材を表示するタグが付いていたわけではなかったし、金属そのものを見ても、それがニッケルなのかチタンなのかは分からなかった。
つまり、僕が装着することによってアナフィラキシーが起きるタイプの金属なのかどうかを判断できなかった、ということである。
それでも、僕が購入賛成派に回ったのは、お揃いのミサンガを購入することを提案したのが采奈だから、にほかならない。
僕は、采奈をガッカリさせたくなかったのである。
とはいえ、購入後、僕はミサンガを付けるわけにはいかなかった。そこで、袋のまま、バッグにしまい込んだのだ。
「本当に付け忘れただけなんだよ。だから、あんまり気にしないで」
今更、実は金属アレルギーだった、と自白するわけにはいかない。
それにもかかわらずなぜ賛成票を投じたのかを追及され、僕が采奈に恋心を抱いていることがみんなにバレてしまうかもしれないのだ。
それは、少なくとも、采奈に告白する以前には、避けたい事態である。
采奈は、僕に対して、悲しげな目を向け続けている。僕の嘘があまりにも見え透いているのである。
僕はそれが耐え難くて、何か違う話をしなければと焦る。
「そういえば、采奈……」
考えなしに、咄嗟にそこまで言葉を発したのだが、当然、その後が続かない。
「道人、何?」
僕はさらに焦る。
どうしよう――
何か喋らなきゃ――
何か――
極度に混乱した僕の脳は、あらゆる過程をすっ飛ばした。
「……そういえば、采奈に見せたいものがあるんだ。ちょっと僕について来てくれないか?」
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