采奈殺しの犯人


 采奈が水難事故によって死んだ、ということが真実でないことは、京都の夜、河川敷に集まってたメンバーは全員気付いていたはずだ。


 それは、公園で楊広が的確に指摘したとおりである。


 すなわち、片腕のない采奈が、制服を着たまま、自ら、もしくは、誤って鴨川に落ちることなど、あり得ないことなのである。


 それでも、采奈を失った仲良し六人組のメンバーは、少なくとも地獄丸が現れるまでは、誰一人として、采奈の死の真相を追及しようだなんて考えなかった。



 采奈の死の真相には蓋をしよう、と考えた。



 それは、采奈が殺されたと考えた場合、その犯人は、に違いないからである。


 ありていに言えば、仲間を売りたくなかった、ということになる。



 ゆえに、あの日河川敷にいたメンバーは、采奈の死後、一切つるまなくなった。



 仮に集まれば、否が応でも、京都の夜に起きた出来事が話題に上がる。


 そうすれば、采奈殺しの犯人探しが始まってしまう。



 つまり、互いに関わりを断つことによって、京都の夜のことを有耶無耶にすることを選んだのである。



 それは、ある者に関しては本能的に、ある者に関しては確信的に選んだ道である。


 僕の場合は、完全に後者だ。



 なぜなら、僕は、采奈殺しの犯人が誰だか知っていたからである。


 采奈殺しの犯人――それは、紗杜子だ。



 つまり、僕が、采奈の死後、友だちとの関係を執拗に断ち続けたのは、紗杜子を庇うため、ということだ。

 

 言い換えれば、僕は修学旅行後の残された半年あまりの青春を、紗杜子のために捨てたのである。



 紗杜子は、采奈殺しの犯人である以上、紗杜子は地獄丸であるはずがない、というのが、僕の最初の推理だった。


 采奈の死の真相を明かすことは、自身の犯罪を暴くことになり、自身を危険に晒すだけの、いわば「自殺行為」だと思っていたのである。



――しかし、その考え方は、誤っていた。



「紗杜子、君の目的は、僕を犯人に仕立て上げることで、自分自身の罪を免れることだ」


 

 それこそが、紗杜子が地獄丸として暴露配信をし、僕を犯人だと糾弾した目的なのである。


 気付いてしまえば、極めてシンプルな動機である。


 自らの犯行を誤魔化すために、真犯人をでっち上げたというだけなのだから。



「紗杜子、先ほどから黙ったままだけど、何か意見は?」


 紗杜子の目は泳ぎ、手は震えている。



 僕の指摘が図星であり、チェックメイトされたことで、動揺しているのだ――と僕は思っていた。



――しかし、違った。



「……道人君、私は地獄丸ではありません。それに、采奈さんも……私は殺していません」


 紗杜子は、采奈殺しの事実までをも否認したのである。



「そんなはずはないよ。僕は知ってるんだ。采奈を殺したのは紗杜子だ」


「違います」


「違わないよ。僕は、偶然見たんだ。采奈が死ぬ直前に会っていたのは、紗杜子なんだ」


 それは間違いないことである。


 僕は、采奈と紗杜子が二人きりで河川敷でいたところを目撃しているのだ。


 その後、僕は、残りの三人と合流した。


 紗杜子が戻って来るまで、僕を含めた四人は誰一人として単独行動をとっていない。



 そして、紗杜子は一人きりで戻って来たのである。


 他方、采奈はいつまで経っても戻って来なかった。


 鴨川に沈んでいたからだ。



 采奈を川に突き落としたのは、紗杜子以外に考えられないのである。



「紗杜子、君が采奈を川に突き落としたんだろう?」


「違います」


「トボけないでよ」


「トボけてなんていません」


 なかなか往生際が悪い。



「紗杜子、僕は采奈殺しの犯人が君であることをずっと黙っていたんだ。ほかでもない君のためにね。だから、ここで君が自白しても、僕はそのことを誰にも言わないよ。二人だけの秘密にする」


「やっていないものはやっていません」


「だから、紗杜子……」


「道人君、私、采奈さんを殺した犯人を知っています」


「だから……え?」


 今、紗杜子は何と言ったのか――



「紗杜子、今……」


「私、采奈さんを殺した犯人を知ってるんです。本当は誰にも言いたくなかったのですが……」


 まさか犯人は、紗杜子だけでなく、別の誰かだというのか――



 その可能性はもちろんあり得ないことではない。


 それに、仮に犯人がいるのだとすれば、それを紗杜子が目撃しているということは、十分にあり得る話である。


 僕が偶然見つけたとおり、采奈は死ぬ直前、紗杜子と二人きりでいたのだから。



「紗杜子、その犯人というのは……」


 とても言いにくいのですが、と紗杜子は前置きした後、僕が耳を疑うようなことを言う。



「采奈さんを殺した犯人――それは道人君です」

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