あともう少し

 地獄丸の告発は嘘っぱちである。


 とはいえ、地獄丸の配信を見ていた多くの者は、そう考えてはいなかった。


 配信終了後、僕はおそるおそるSNS上で「清周道人」と自分の名前を検索してみた。


 すると、恐れていたとおり、僕は完全に犯人扱いをされていた。



「永倉采奈を殺したのは清周道人なんだって」


「清周道人ってサッカー部にいた人だよね。知ってるんだけど。怖い」


「清周道人はどうして永倉采奈を殺したのかな? 痴情のもつれ?」


「片腕の障がい者を殺すとか、清周道人って奴、鬼畜過ぎんか」



 それらの投稿は、全て、勘違いに基づいてなされているものである。


 そのことは分かっていたのだが、それでも、言葉の破片は胸に突き刺さる。



 怒りのような焦燥感のようなネガティブな感情が頭を支配して、もう消えてしまいたくなる。



 SNSなんて覗かなければ良かった――



 地獄丸の暴露配信の夜、僕は、ずっと誰かに監視されているような気がしてしまい、一睡もすることができなかった。



 翌朝、靄がかかった頭のまま、僕は制服に着替える。


 本当は家のベッドから出たくなかったのだが、家には母親がいる。母親は夕方になればパートで外に出て行くが、昼間は家で家事をしているのである。


 今の僕の状態――Vtuberに采奈殺しの犯人として名指しされ、一睡もできていない状態――を正直に母親に伝えれば、学校を休むことを許可してくれるに違いない。


 とはいえ、それを伝えることはとても億劫である。



 ゆえに、僕は、いつもどおりの制服姿で、スクールバッグを肩に掛け、いつもどおりの時間に家を出て行く。



 そして、いつもとは違う方向へと歩き出す。


 学校に行くフリはできても、実際に学校に行くことはできない。



 昨夜の配信を見ていた者の多く――SNS上で僕を責める投稿をする者の多くは、僕と同じ中学の生徒なのだ。


 そんな針の筵に自ら飛び込むことなど、できるはずがなかった。



 同じ中学の制服を着た生徒を見かけるたびに、僕は、電信柱の裏や、知らない人の家の軒下などに隠れ、やり過ごす。


 まるで指名手配犯にでもなった気分である。



 行く宛もなく、ただ、家から離れ、学校からも離れるように歩いた僕がたどり着いたのは、遊具の無い、空き地のような公園だった。


 休日にだって子どもを寄せ付けない、殺伐とした公園である。無論、平日の朝には誰もいない。


 僕は、その公園の隅にあるベンチにスクールバッグを下ろし、おもむろに腰を掛ける。


 僕は、乾いた空をぼんやりと眺める。


 無意識のうちに、目には涙が滲む。


 そのことに気付いた僕は、フッと鼻で笑う。


――何を絶望しているのだ、自分。


 僕は、決して追い詰められてなんかいない。


 今日は金曜日。


 今日が終われば土日であり、月曜日はもう卒業式である。


 あと少し耐えれば、僕の中学生活は終わる。そして、全てが終わる。


 あともう少し。


 あともう少しで、僕は、のである。


 

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