トンズラ


 頭の中が真っ白になった。


 それは僕にとって予想だにもしないことだったのである。


 

 まさか地獄丸が、采奈を殺した犯人が僕である、と糾弾するだなんて――



 僕は、それが失策だと気付く前に、反射的に親指を動かしていた。



「違う!! 僕は犯人じゃない!!」


 前回の配信とは違い、コメント欄は、野次馬のコメントで溢れていた。


 それでも、地獄丸は、僕のコメントが流れた途端、それを目ざとく見つけた。



「あれ、クライシスさん、配信に来てたんだ。来てたならコメントで教えてよ」


 しまった――と気付いた時には、もう時すでに遅しである。



「クライシスさん、『僕は犯人じゃない』ってどういうこと? クライシスさんが犯人だなんて、私、一言も言ってないんだけど」


 自分が「クライシス」というアカウントでログインしていることを忘れていたのだ。初歩的なミスである。



「それとも、もしかして、クライシスさんの正体って、清周道人なの?」


 地獄丸は嬉しそうに笑う。


 今から誤魔化す術はないだろう。


 とはいえ、認めるのも癪なので、僕は、「はい」とも「いいえ」とも答えないまま、話を先に進める。



「清周道人が永倉采奈を殺したという根拠はあるのか?」


 地獄丸は、またもや僕のコメントだけを拾う。



「根拠はもちろんあるよ」


――そんなはずはない。単なるハッタリに違いない。



「根拠って何?」


「そんなこと言えないよ。正体が誰かも分からない人にね」


 「まあ、正体が分からないのは、お互い様なんだけどね」と地獄丸はクックと笑う。



 僕が采奈を殺した――そんなことあり得ない。


 僕は采奈のことが好きだった。


 僕が采奈に対して抱いていた感情は、殺意とは真逆のものなのだ。


 それに何より、僕が采奈を殺していないことは、僕が誰よりも知っている。



 地獄丸の言っていることは、嘘八百なのである。



 地獄丸の目的は一体何なのだろうか――



 何のために采奈の死を掘り返し、何のために出鱈目な告発をするのか――



「ふう、やっと言いたいことが言えて、せいせいしたよ。今日の配信はここまで」


 地獄丸は、采奈殺しの犯人として僕の名前を言い残しただけで、その根拠を説明しないまま、トンズラするつもりなのである。



「ちょっと待て!! 逃げるな!!」


 僕の最後のコメントは、地獄丸に読み飛ばされた。



「次回の配信予定は未定だよ。じゃあね。バイバイ」

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