第三章

告白

「道人、『見せたいもの』って何?」


 提灯のオレンジ色が、眉を顰めた采奈を照らす。



「とにかく、ついてきて」


 僕は、采奈の腕を引く――ような気持ちで、采奈の左側をツカツカ歩く。


 そちら側には采奈の腕は無い。


 それに、仮にあったとしても、僕には采奈の腕を掴めるような度胸は無い。



――とはいえ、これからしようとしていることを考えれば、それくらいの度胸は必要なのだ。



 昼間の京都は蒸し暑かった。


 今も蒸し暑い。


 ただ、夜の京都は風流だ。


 祇園祭を一週間前に控えているからか、縁日のような雰囲気である。


 鳥居には、商店街の店舗の名前が入った提灯が連なっている。


 屋台は出ていないが、立ち飲み屋から、美味しそうな焼き鳥の匂いが漂っている。



 修学旅行の最中、川沿いの道を采奈と歩けているだけで、僕は幸せを感じ、満足しそうになってしまう。


――それではダメだ。


 僕は、ちゃんと、僕の目的を果たさなければならないのだ。



「道人、どこに向かってるんだい?」


 それは僕自身も分かっていない。


 僕が目指しているのは、とにかく人気のない場所である。

 誰もいない神社とか公園とか、そういうものを探して、キョロキョロと目を動かしているのである。



 しかし、そう都合の良い場所はなかなか無さそうである。



 僕は、鴨川を見下ろすために、建物沿いを離れ、采奈からも離れる。



 そこは、暗くて人気がない。


 先ほどまでいた、他のメンバーがいる河川敷からはだいぶ距離が離れているし、間に橋が二本ある。


 橋脚で死角が作れそうである。



「采奈、川の方に降りるよ」


「え?」


 采奈は不審に思っている。


 河川敷を離れて向かった目的地が、また河川敷だというのは奇妙なことだ。


 それでも、采奈は、「分かった」と頷く。


 長い付き合いだから、僕のことを信頼しているということかもしれない。

 もしかすると、僕の目的に薄々気付いてるということだってあり得る。

 采奈は、勘が鋭い子なのだ。



 僕と采奈は、重力に押されて早足になりながら、石の階段を下っていく。

 先ほどまで嗅いでいたのと同じ、緑の交じった川の匂いがどんどん近付いてくる。



 上から見渡した時に確認したとおり、川沿いには誰もいなかった。


 そこを直接照らす光もない。あるのは、遠く、上方から漏れる灯りだけで、気を付けないと砂利に足を取られそうである。



 そして、やはり、ここは、他の仲良しメンバーがたむろしている場所からは死角になっている。



 これから僕がしようとしていることからすれば、この上ない絶好のロケーションである。


 僕は意を決する。



「采奈」


 川の方へと歩いて行っていた采奈がクルリと振り返る。黒い長髪が、ふわりと舞う。



「道人、何?」


 暗闇の中でもハッキリと浮かび上がる采奈の制服姿。川のせせらぎに漂うような采奈の声に、胸が張り裂けそうになる。



「話があるんだ」


「何?」


 躊躇うことは、もう、ない。


 僕の気持ちは、とっくに限界を超えてしまっているのだ。



「僕は采奈のことが好きなんだ。采奈、僕と付き合って欲しい」


 堰き止められない心を、そのまま言葉にして一気に吐き出す。


 その言葉を伝えられただけで、僕にとっては大きな成果である。


 ようやく言えたのだ。


 ずっと秘めていた正直な想いを。



――とはいえ、これで終わりではない。


 采奈が、僕の想いにどう答えるのか、それが大問題なのだから。



 僕の告白を聞いても、采奈は、表情を変えなかった。驚かなかった。


 やはり、采奈は気付いていたのだろう。


 僕が采奈のことを好きなことも、僕が告白のために采奈を連れ出したことも。



 そして、采奈の答えは――



「道人、ごめん。ボクは道人と付き合うことはできない」

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