事故死か殺人か


「おい、道人、起きろよ」


 突然名前を呼ばれた僕は、ビクッとして顔を上げる。


 僕の名前を呼んだのは、黒縁眼鏡で、黒い制服をキッチリと着た同級生――楊広だった。



「朝から公園のベンチでうたた寝なんて良い身分だね」


「寝てたわけじゃないよ!」


 昨夜一睡もしていないせいで、微睡んでいたのは事実である。もっとも、完全に意識が飛んでいたわけではない。



「道人、その幅を利かせているバッグをどかして良いかい?」


 僕が許可を出さぬ間に、楊広は、僕のバッグをベンチの端に寄せる。そして、できたスペースに、僕と隣り合うようにして腰掛ける。



「楊広、どうしてここに……?」


「もちろん、道人、君を探しに来たんだ。学校に君がいないことに気付いたからね」


「何のために……?」


「安心してくれ。決して道人を捕まえに来たわけじゃない。手錠は持ってないから。ほら」


 楊広は、両手をパーにして、頭上に掲げてみせる。


 僕は、楊広の笑えないジョークに心底呆れて、はぁと大きなため息をつく。



「……楊広、昨日の配信を見たのか?」


「もちろん。クライシス、お疲れ様」


「まさか、僕を冷やかすために授業をサボって、僕を探しに来たんじゃないよね?」


「冷やかす? 『労う』って言って欲しいね」


 僕はまた大きなため息を吐くが、楊広がそれを意に介する様子はない。



「それにしても、まさか学校をサボって、公園のベンチにいるとはね。まるで失業したサラリーマンみたいだ」


「放っといてくれ」


「まあ、失業したサラリーマンも、殺人犯と指弾された中学生も大して変わりはないか」


「冷やかすんだったら帰ってくれ」


「そう怒るなよ」


 楊広は、勉強が得意だが、他人の神経を逆撫ですることはもっと得意なのである。


 とはいえ、SNSで一方的に悪口を投げつけられるよりも、幾分もマシだ、と思う。



「楊広、昨日の配信を見て、どう思った?」


「どう思ったって?」


「地獄丸の言うとおり、采奈を殺したのは僕だと思った?」


「うーん、難しい質問だな」


 楊広は、ボサボサの髪を掻きむしる。



「昨日話したとおり、俺は、采奈が事故死したとは考えていない」


「どうして? 根拠は?」


「あれ? 昨日話さなかったか?」


「話してない」


 采奈の死を事故死だと考えない根拠について、楊広は、昨日、「それは、今晩、地獄丸に委ねよう」とお茶を濁したのである。


 ところが、地獄丸は、僕を犯人だと特定する根拠も、その前提である、采奈が殺されたと考える根拠も、何一つとして説明しないまま、配信を打ち切ったのである。



「采奈の死が事故死じゃない根拠か。そんなの――」


 簡単だよ、と楊広は言う。



「たしかにあの日、鴨川の水位は普段より高かった。四日前に大雨が降ったからね。そうだとすると、采奈が溺れるということはあり得ない話じゃない」


「じゃあ、事故死じゃないのか?」


 いや、違う、と楊広は首を横に振る。



「問題は、采奈がなぜ川に入ったのか、ということなんだ。采奈も馬鹿じゃない。増水した川に、制服のまま、わざわざ飛び込むことなんてしないよ。片腕がないならなおさらだ」


「だから、誤って川に落ちたんだ」


「そんなのあり得ない。采奈はよちよち歩きの赤ん坊じゃない。それに、河川敷が滑りやすかったという事情もないんだ」


「河川敷は暗かったから」


「そうだね。ただ、何も見えない、というほどじゃなかった。京都の街の明かりはかろうじて届いていたからね」


「でも、采奈は誤って川に落ちた」


「その可能性がゼロだとは言わないよ。ただ、もっと可能性の高いことに目をつぶるのはナンセンスだ」


「もっと可能性の高いこと?」


「采奈は、


 

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