僕と朝雨の合理的決定
地獄丸の候補者の中で、僕が一番コンタクトをとりやすかったのは、東雲朝雨である。
朝雨とは、お互いの家の中間地点にある公園で待ち合わせをした。
外周を一周するのに十五分はかかるであろうそれなりに広い公園で、芝生やジャブジャブ池もある。そして、それらを見渡せる、高さ十メートルほどの、吹きさらしの展望台がある。
二十時にその展望台の上で待ち合わせた。そこならば夜になっても電灯が点いている。
朝雨は、お気に入りの薄水色のカーディガンを羽織り、約束の時間ちょうどに現れた。
そして、僕の顔を見るやいなや、「道人からデートに誘うなんて珍しいじゃない」と嫌味を言う。
僕は、苦笑いしながら、「たまたま何回か朝雨が誘う回が続いただけだよ」と返す。
朝雨は、僕の言い訳に、ふーんと鼻を鳴らしながら、僕が座っていた石のベンチに、僕の身体に密着するようにして腰掛ける。
そして、僕に肩を預ける。
僕と朝雨は付き合っている。
付き合い始めたのは、采奈が死んですぐのことである。
朝雨が僕に告白してきたのも、まさにこの、展望台の上だった。
「道人、もしよければだけど、私と付き合ってくれない?」
その時は、今のように肩を寄せ合ってはいなかったが、それでも、今と同じように石のベンチで隣り合って座っていた。
側から見れば、すでに付き合っている二人に見えるくらいの距離だったと思う。
しかし、実際に朝雨に告白されるまで、僕は、朝雨に告白されることがあるだなんて、夢にも思わなかった。
朝雨は可愛いらしい顔をしてるいて、男子からもモテる。
「東雲さんを紹介して欲しい」とクラスの男子に頼まれたことも、過去に何度かある。
それでも、僕は、朝雨をそういう目で見たことがなかった。
朝雨は、あくまでも、仲良し六人組のメンバーの一人なのである。
ゆえに、朝雨から告白された時、僕は耳を疑った。
僕と朝雨は、そういう関係ではないはずで、それは采奈が死に、仲良し六人組が解散した後も変わらないはずだ、と思っていたのである。
「それで、道人、突然呼び出して、私に何の用? ふと私に会いたくなった?」
「それもあるけど……」
「嘘つき」
朝雨が、僕の耳元で囁く。
「むしろ、お別れの時期を早めたくなったとか?」
「そんなわけないじゃん。朝雨との最後のデート、楽しみにしてるよ」
朝雨とは、今月いっぱいで別れる予定である。
それは、双方合意の上での、決定事項なのだ。
決して、仲違いをしたわけではない。
朝雨の進学先の高校が、岡山県の全寮制の高校だからだ。
「遠距離恋愛は無理だと思うんだよね。私、こう見えて寂しがりやだから」
と、朝雨は、僕に別れを切り出した。
遠距離恋愛はしたくないというのは、僕も同じだった。
これから高校に進学し、新しい世界を吸収する上で、それはきっとお守りではなく縛りになるのだろう、という予感がするからである。
ゆえに、僕と朝雨の恋人関係は、中学卒業のタイミング――三月三十一日をもって、ぽっきり終了することで合意したのだ。
それは合理的な選択であり、きっと正しくもある。
しかし、それでも、仮に僕と朝雨の恋が燃え上がるようなものだったならば、こうはならなかっただろうな、と思う。
振り返ってみると、僕と朝雨との関係は、交際を始めてもなお、友人関係のまま、平行線を辿っていた気がするのだ。
もちろん、恋人らしいこともたくさんした。
二人で手を繋いでデートしたり、授業を抜け出してこっそり密会して誰もいない教室でキスをしたり、互いのはじめても互いに捧げ合った。
もしも朝雨が岡山の高校に進学しなければ、このまま付き合い続けていただろうし、ゆくゆくは結婚するようなこともあったかもしれない。
それでも、二人の間には、詰まりきらない距離がある気がした。
もしかすると、その距離を詰められないように阻んでいたのは、采奈なのかもしれない。
「最後のデートかあ……道人、場所は決めた?」
今月末の日曜日に予定されている最後のデートの場所や内容は、僕が決めることになっている。
「まだ決めてない」
「何それ。やる気ないじゃん」
「そうじゃなくて、行きたい場所があり過ぎて」
行きたい場所がたくさんあるのもそうだし、なんだかんだで名残惜しくて、決める日を先延ばしにしてしまっているのである。
朝雨とまだ付き合っていたいという気持ちが、僕の中で、間違いなく燻っている。
「ギリギリになる前にちゃんと決めてよね。女の子は、どこに行くかによって着て行く服が決まるんだから」
朝雨がまん丸の頬を膨らませる。
髪型は、今は肩よりも長いロングヘアーである。
朝雨は、采奈が死んでから、髪を伸ばすようになった。まるで、采奈を真似するかのように。
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