采奈お助け隊
イーゼルは両手で抱えれば、それほど苦も無く持ち運べるものだった。
もっとも、采奈が、持ち運び先として指示したのは、屋上だった。
ここは一階である。
仮に僕と廊下で出会わなければ、采奈はどうするつもりだったのだろうか、と心配になる。
「ボクの名前は、永倉采奈。君の名前は?」
荷物が少なくなり、身軽になった采奈は、軽快なリズムで階段を上っていく。
他方、僕は二階から三階に上がる階段の時点で、すでに息絶え絶えだった。
「僕は……はあ……清周道人……はあ……」
「どこのクラス? ボクはG組」
「A組……はあ……」
「じゃあ、教室は離れてるね」
「そうだね……はあはあ」
「道人、大変そうだね。ボクが代わりに持とうか?」
采奈は、そんな冗談を言いながら、カラッと笑っている。
三階に上がり、一旦廊下に出る。校舎の構造上、屋上へと向かう階段は、他の階段とは少し離れたところにあるのである。
この間、僕は息を整える。
「永倉さん」
「采奈で良いよ」
「……采奈は、美術部なの?」
「そうだよ。部員が少なくて、廃部寸前なんだ。道人は絵に興味ない?」
「うーん」
ハッキリ言って、興味はない。去年、ピカソの有名な絵が見れるから、とか言われて、親に美術館に連れて行かれたが、終始眠かった覚えしかない。
「その反応だと、微妙って感じかな」
でも、と采奈は続ける。
「せっかくだから作業風景を見学していってよ」
「僕、そっち方面の素養は全然無いけど……」
「大丈夫。道人には優しさがある」
「……え? どういう意味?」
「美術部はさておき、『采奈お助け隊』は優しい人を募集してるのさ」
僕の中のクエスチョンマークは大きくなる一方だったが、ちょうど、屋上へと続く階段の前へ到着してしまった。
ここから二フロア分も階段を上らなければならないのである。
雑談をしている余力はなかった。
息を切らして階段を上る最中、僕の頭には、先ほどとはまた別の疑問が浮かんだ。
――果たして采奈は、何のために屋上に行くのだろうか。
最初は、屋上から見える風景をデッサンするのかと思っていたのだが、よく考えると外は雨なのである。
それに、そもそも、屋上は生徒の立ち入りが許されない場所だったように思う。
「……ねえ、采奈……はあ……」
「道人、何?」
「……何のために屋上に行くの……はあはあ」
「正確に言うと、目的地は屋上じゃない。屋上の入り口の踊り場なんだ」
「……え?」
「そこがボクの作業スペースだから」
采奈が「作業スペース」と呼んだ踊り場は、目前に迫っていた。
そこには――
すでに、同学年の男女二人待っていた。
「采奈、遅かったな」と男子。
「采奈、今日は来ないかと思った……あれ? その人誰?」と女子。
なお、「その人」とは、呼吸を乱しながらイーゼルを抱えて采奈の背後に立っている僕のことで間違いないだろう。
「道人、紹介するよ。溝口新多と東雲朝雨。二人は『采奈お助け隊』のメンバーなんだ」
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