でっち上げ


 なぜ――


 なぜそれを知っているのか――



 僕は采奈のことがずっと好きだった。

 しかし、その想いは、ずっと胸に秘めていたのである。


 あの日、京都の夜で、僕はその想いを初めて打ち明けた。


 もっとも、打ち明けた相手はただ一人、張本人である采奈のみである。


 後にも先にも、他の誰にもそのことを言っていない。


 仲良し六人組のほかのメンバーに対しても言っていない。


 後に付き合うことになった朝雨に対しても、元々采奈のことが好きだった、などという話はしていない。



 



 それなのに、なぜ、地獄丸は、その秘密を知っているのだろうか――



 地獄丸は一体何者なのか――



「清周道人は、永倉采奈のことが好きだった」


 地獄丸は、同じフレーズを繰り返す。


 僕にとっては、まるで心を踏み躙られているような想いである。


 ただ、ほかの視聴者にとっては、好奇を生む格好の材料だった。


 コメント欄が沸き立つ。



「おお、待ってました! その展開!」


「愛憎劇じゃん」


「清周道人はストーカーだったのかな!?」


 そんな的外れのコメントを眺めているうちに、僕は少しだけ冷静さを取り戻した。



 地獄丸は、視聴者の興味を駆り立てるために、口から出任せを言ったに違いない。


 加害者の男性が、被害者の女性を恋慕していた、というのは、その手の話ではよくあることなのである。



 地獄丸は、話を面白くするために、僕が采奈のことを好きだ、と言った。


 それがたまたま真実だった。それだけだ。



「クライシスさん、クライシスさんの正体は清周道人なんだよね? 意見はどう? 認める? それとも、否定する?」


 地獄丸の煽りを、僕は無視する。


 こんな「出鱈目暴露ショー」に付き合ったら負けである。



「回答無し……もしかすると、まだ態度を決めかねてるのかな? だとすると……」


 地獄丸は、キョトンとした顔で、さらに恐ろしいことを言う。



「もう少し踏み込んだ暴露が必要かな?」


 踏み込んだ暴露――そんなのまた口から出任せに決まっている。


 そうは考えつつも、心はソワソワする。


 地獄丸が本当に何かを知っていたらどうしよう、と不安になる。



「コメント欄にもご意見が来てるね。『清周道人が永倉采奈を好きなことと、清周道人が永倉采奈を殺したこととの関係は?』って。やっぱりこの説明をしなくちゃね」


 僕はホッとする。


 「踏み込んだ暴露」が、僕が采奈を殺したという虚構に関することなのだとすると、それは確実にでっち上げである。


 風評被害も困るが、真実を言い当てられるよりははるかにマシである。



 これから、地獄丸が言うことは、でっち上げなのだ。



「永倉采奈が殺された京都の夜、清周道人は、鴨川の河川敷で、永倉采奈と二人きりになった」


 地獄丸が言うことは、でっち上げだ――



「そこで、清周道人は、永倉采奈に、愛の告白をしたんだ」


 地獄丸が言うことは――



「しかし、結果、永倉采奈は、清周道人をフッた」


 おい、地獄丸、なぜそれを――



「ゆえに、清周道人は、。これが永倉采奈の死の真相だよ」

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