認識

 想定外の回答にポカンと口を開ける僕の顔を見て、朝雨はクスクスと笑う。



「そうだよね。道人には意味が分からないよね」


 本当に意味が分からなかった。


 何も分かっていない僕のために、朝雨は丁寧に説明を始める。



「まず、前提として、私は、今まで、


「……え?」


「ちゃんとした理由があるの。だから、そんな顔しないで」


 あまりにも意外な話に、表情を作る余裕などない。



「あの京都の夜、道人は、『見せたいものがある』と言って、采奈を連れ出した。その様子を見て、私は、嫌な予感がした」


「嫌な予感?」


「うん。だって、私は、あの頃から道人のことが好きだったんだよ? あんな露骨な『告白フラグ』を立てられたら、落ち着いていられないよ」


 朝雨が僕に告白してきたのは、采奈が死んでからすぐのことだった。


 ゆえに、修学旅行の頃にはすでに僕のことが好きだった、というのは、おそらくそうなのだろう、と思う。


 それにしても、「告白フラグ」とは一体どういうことなのか。なんとなく意味は分かるが、朝雨に指摘されると赤面しそうになる。



「私は道人のことが好きだったんだけど、同時に、道人はおそらく采奈のことが好きなんだろう、とも勘付いてた。それでいて、当時は、新多と采奈が付き合ってることも知らなかったから、ヤバい、と思ったんだよね」


 朝雨が、新多と采奈が付き合ってることは知ったのはいつなのか訊きたくなったが、話を邪魔するのは良くないと思い、自重する。



「だから、私は、道人と采奈がいなくなった後、トイレに行くフリをして、二人の後を追ったの」


――それは少しも気付かなかった。


 その後の告白のことで頭がいっぱいで、背後を警戒する余裕などないのである。



「そうしたら、二人は、元いた河川敷からだいぶ離れた河川敷へと降りて行ったの。誰もいない、だいぶ薄暗い場所だね」


「そこまでついてきてたんだ……」


 「うん」と朝雨は頷く。



「だけど、私が尾行したのはそこまで。さすがに河川敷に降りて行ったらバレると思ったし、それ以上に、もう十分だったの」


「もう十分って?」


「そこに『見せたいもの』なんかあるわけないでしょ。だから、やっぱり私の予想どおり、道人は采奈に告白するつもりなんだ、ということが分かった。私には、それで十分だった」


「どうして? 僕の告白を邪魔しなくて良かったの?」


「そんなことできるわけないじゃん」


 「道人のバカ」と、朝雨は俯き、恥ずかしそうに言う。



「恋破れた私は、そのままUターンして、みんなのいる河川敷に戻ったの。みんなにトイレが長いと思われても嫌だからね」


 「恋破れた」という表現に僕はドキッとする。あの日、その感情を抱いていたのは、僕だけではなかったということである。



「それで、私は、みんなと道人と采奈が帰ってくるのをずっと待ってたの。なかなか帰って来ないから、『何イチャコラしてんのよ!?』って内心怒りながらね」


 でも、と朝雨は声を落とす。



「しばらくして帰ってきたのは、道人だけだった。そして、翌朝、采奈が鴨川で溺死したことを知った」


「……だから、僕が采奈を川に突き落としたと……」


「そういうこと。道人が采奈にフラれて、その腹いせに采奈を川に突き落とした、と思ったわけ。ちゃんと理由があるでしょ」


――なるほど。それは了解可能な思考の流れである。


 そして、僕は、地獄丸の暴露配信の内容についても、ようやく理解をする。



 地獄丸――朝雨は、口から出任せを言っていたのではなく、のである。



「朝雨が、今まで僕のことを犯人だと疑っていたことについてはよく分かったよ。でも、そのことと、朝雨がVtuberになって暴露配信する目的との間にはどういう関連があるの?」


「だから、道人が本当に采奈を川に突き落としたかどうかを知りたかったんだって」


「それはさっき聞いたんだけど、関連性がよく分からなくて……」


「物分かりが悪いなあ」


 これも本音ではなく冗談……であると信じたい。



「だって、公開の場で、『あなたは殺人犯です』って告発されたら、それが冤罪である場合、普通は反論するでしょ?」


「ああ」


「『ああ』じゃない! それが普通なの!」


 つまり、朝雨は、僕に反論をしてもらいたかった、ということらしい。



 そうすることで、僕に、身の潔白を示して欲しかったのだ。



 しかし、朝雨がプンプンと怒っているのは、実際には、僕が、その点に関しての反論を一切しなかったからである。


 それは、僕が、采奈を川に突き落としたのが紗杜子であると勘違いしていたからだ。


 僕は、僕の認識に基づいて、紗杜子を庇うために、地獄丸の誘いに乗らなかったのである。


 そういえば――



「もしかして、新多の電話って、そういうことだったの?」


「そういうこと?」


「つまり、地獄丸に対して、僕が反論することを誘発しようとしたってこと?」


「そういうこと」


 地獄丸が、采奈殺しの犯人が僕だと告発した日の翌日、僕のスマホに新多――朝雨の協力者である――から電話があった。


 その電話で、新多は、僕に、SNSや配信の場で身の潔癖を晴らすことを勧めたのである。


 あれも、朝雨の指示に従ってした電話だったのだ。


 そして、その新多からのアドバイスを僕が無下にしたことにより、朝雨は、次の手を打ったのだ。



 それが急遽のゲリラ配信であり、さらに僕が反論をしたくなるように、僕が采奈に告白したこと、フラれたことに逆上した僕が采奈を川に突き落としたという「朝雨の認識」を開陳したものだったのだ。



「そこまでしても、道人は、身の潔白を証明してくれなかったんだけどね。でも、結果オーライかな。新多から話を聞いたよ。采奈は、自ら川に飛び込んだんだね」


 僕は、大きく首を横に振る。



「違うよ。僕のせいだよ」


 朝雨は、僕よりも大きく首を振る。


 そして、優しい声で言う。



「私はそう思わないよ」

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