【餞別】

 絵の世界では、ボクはそれなりに満足を得られる結果を挙げられた。


 しかし、友だち作りの方は、どうしても思いどおりにいかなかった。



 絵と違い、友だちを作るときには、姿を晒さなければならない。



 SNSならば、姿を晒さずに友だちを作れるのかもしれないが、それは、真の友だち関係ではない気がした。



 ありのままの自分を認めてもらえる相手でなければ、それは友だちとはいえない気がしたのである。



 小学校で友だちを作ることは諦めていた。



 チャンスは、中学校に上がるタイミングだろう。



 その時に向けて、作戦を立てるのだ。



 十分に作戦を練って、ボクは中学デビューを飾るのである。



 熟考の上、ボクが編み出したのは、姿姿使という作戦だった。



 名付けて、「采奈お助け隊」作戦である。


 ボクの姿を見て、ボクの友情関係を築きたいと思う人は多分いない。


 ただ、ボクの姿を見て、ボクに同情する人はたくさんいるだろう。



 同情から友情に繋げれば良いのだ。


 そのために、ボクは、ボクの日常生活を助けるための「采奈お助け隊」を結成する。



 そして、ボクと一緒に過ごすうちに、ボクの奇形に対する抵抗を無くさせるのである。



 そうすれば、健常者との差がなくなる。



 ついにボクは、ボクの実力によって友だちを得ることができるのである。



 このボクの作戦は、想像以上に上手くいった。


 同じクラスで、それぞれボクの隣の席と、前の席だった新多と朝雨を早速勧誘し、「采奈お助け隊」に入れることができた。


 そこから立て続けに、廊下ですれ違った道人を、道人が「助けたい」と言ったいじめられっ子の紗杜子を、ボクに興味を持ってくれた楊広が「采奈お助け隊」に入ってくれた。



 「采奈お助け隊」がナンセンスだ、と指摘したのは、楊広である。



 楊広は、「采奈お助け隊」が、ボクが友だちを作るための戦略的組織だ、ということをすぐに見抜いた。



 そして、そんな遠回しなことをしないで、率直に、「仲良し六人組」にすれば良い、と提案したのである。



 それ以降、「采奈お助け隊」は、「仲良し六人組」に改組した。



 メンバーは全員、そっちの方がしっくりくると喜んでくれた。



 今考えると、五人との出会いはすべて偶然で、決してボクが能動的に選んだわけではない。



 しかし、それぞれの出会いが、いずれもかけがえのないものとなった。



 不器用だけど、心は熱い新多。


 お転婆だけど、誰よりも大人びている朝雨。


 日和見だけど、時に勇敢な道人。


 気弱だけど、気高くまっすぐな紗杜子。


 飄々としているけど、常に人を気遣っている楊広。


 ボクの中学時代の友人は、新多、朝雨、道人、紗杜子、楊広の五人でしかあり得ない。



 そのうちの誰一人たりとも欠けてはならないのである。



 他方で、中学生活において、ボクが犯してしまった失敗があるとすれば、それは恋愛に関するものである。



 ボクは、まさか、ボクが誰かの恋愛対象になるなんて、思ってもみなかったのである。



 新多に告白された時、ボクはどうすれば良いか、全く分からなかった。


 

 一切準備をしていなかったのである。



 ボクは新多のことが好きだった。


 しかし、新多だけではない。ボクは、仲良し六人組のみんなのことが、等しく好きなのである。



 だから、ボクは、新多の告白をどう処理して良いのか分からなかった。



 その時、ボクが考えていたことは、どうすればボクは友だちを失わないで済むか、である。


 ボクにとって、この五人は、誰一人として替えが効かないのである。



 ゆえに、ボクは、新多を失わないために、新多の告白を受け入れた。



 結果として、それが正しい選択だったのかは分からない。



 ボクは、その後、道人からも告白されてしまったのである。



 ボクにとっては、新多同様、道人も、替えの効かない友だちである。



 しかし、今回は、新多のときと同じ手段はとれない。



 恋愛というもののルール上、ボクは、新多と道人の二人と同時に付き合うことはできないのである。



 ゆえに、ボクは、これも恋愛というもののルールに従って、後に告白してきた道人をフッた。



 仲良し六人組を守るためには、ボクに選択の余地は一切なかったのである。



 ボクは仲良し六人組の絆を壊したくないだけなのだ――



 そのことを、ボクは、話せることの制約がある中で、必死で道人に伝えようと思った。



――しかし、それは道人には伝わらなかった。



 道人は、ボクと二度と関わらないことを宣言し、ボクの元から走り去った。



 そして、橋の上から、ミサンガを捨てたのである。



 ボクは、今、そのミサンガを拾おうとして、命を落とそうとしている。



 それは、他人からは、鼻で笑われることなのだろう。


 なぜそんなくだらないもののために命を落としてしまったのか、と。



 しかし、ボクにとっては、それは、ちっともくだらないものではないのである。



 それは、ボクにとって、何よりも大事な、仲良し六人組の友情の証なのだ。



 ミサンガが友情の証だなんて、まるで小学生みたいだ、とバカにする人もいるかもしれない。


 しかし、ボクには、小学生の頃、友だちはいなかった。



 ミサンガは、ボクがずっと憧れていたものなのである。



 ミサンガ――



 待てよ――

 

 

 あれは――



 神様――八歳のボクから左腕を奪った神様――は、最期にボクに情けをくれたようだ。



 赤白のチェックの紙袋――道人が橋から投げ捨てたミサンガが、なんと、ボクの方へと流れてきたのである。



 しかも、それは、ボクの右手の方に流れてくる。


 身体の自由はほとんどきかなくなっているが、指先を動かすことはかろうじてできる。



 ボクは、ミサンガの入った袋を握り締めた。



 やった――



 もちろん、ボクはもう、この川から這い上がることはできない。


 このまま水底に沈んで、死ぬのである。



 ゆえに、掴んだミサンガを、道人に返すことは、ボクにはできない。



 だけど、ボクはとても嬉しかった。



 大切な友情の証を、水底に沈めずに済んだのだから――



――いや、待てよ。



 ボクはある違和感に気が付く。



 袋に入っているものが、ミサンガにしては、ゴツゴツしていて、固いのである。


 ボクは、おそらくそろそろ動かなくなるであるだろう指の、最期の力を振り絞って、袋を開ける。



 袋の口から飛び出したのは、ミサンガではなく、二つの指輪だったのだ。



 道人が橋から投げ捨てたのは、ミサンガではなく、指輪だったのである。



 要するに、道人が橋からミサンガを投げ捨てたというのは、ボクの勘違いで、ボクの死は単なる犬死にだったということである。



――でも、良かった。



 道人がミサンガを捨てなかったということは、仲良し六人組の絆はまだ壊れていないということである。



 そのことを知れたことが、ボクにとって、何よりの餞別だった。

 

 

――本当に最高の中学生活だった。



 もし生まれ変わっても、この中学生活を何度でも繰り返したい――



 ボクは、心の底から満足する。


 そして、幸福感の中、そっと目を閉じた。




(了)

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「永倉采奈を殺した犯人を暴露します」 菱川あいず @aizu-hishikawa

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