果し状かラブレターか

「今日はみんなに相談したいことがあるんだ。まず、ボクの下駄箱に入っていた、これを見て欲しい」


 采奈が右手で摘み上げるようにして持っていたのは、十字に折り目のついたルーズリーフだった。


 それを示されたのは、采奈お助け隊の四人。今日は雨だったので、新多も部活はなく、久しぶりにメンバー全員が踊り場に揃っていたのである。


 ルーズリーフには、短い文章が綴られている。それは、采奈の字ではない。もっと猛々しい、要するに雑な字だったのである。


 僕が、その字をゆっくりと読み上げる。



「……永倉采奈さんへ 明日の放課後すぐ校舎裏の花壇の前に来て欲しい。ずっと前から君に目をつけている者より」



 新多と朝雨が、同じタイミングで、全く別のことを叫ぶ。



「果し状だ!」


「ラブレターだ!」


 新多と朝雨とが睨み合う。


 自らの主張の裏付けを先に行ったのは、新多だった。



「校舎裏に呼び出すというのは、誰もいない場所でタイマンをするためだろ? 『目をつけている』っていうことは、采奈の態度が前々から気になってたって意味だよな?」


 朝雨が、激しく首を横に振る。



「新多、不良漫画の読み過ぎなんじゃない? 校舎裏っていうのは、普通、誰もみていないところで告白するための場所でしょ。だいたい、この字って明らかに男子の字じゃない? 采奈の美貌に『目をつけている』男子が采奈に告白しようとしてるんだよ」


「朝雨の方こそ、少女漫画の見過ぎなんじゃないか?」


「は!? そんなことないんだけど!?」


 睨み合う二人の視線の交点に、バチバチ燃える赤い火花が見えそうである。



「新多君、朝雨さん、二人とも喧嘩はやめてください!」


 紗杜子が、勇敢にも、二人の間に割って入る。



「二人とも落ち着いてください!」


「別に私は最初から落ち着いてるけど、ただ……」


「俺だって少しも興奮してるわけじゃない。だけどな……」


 二人とも、なかなか冷静になれないようである。



「紗杜子、私たちの仲裁に入るんだったら、ちゃんと見解を示して」


「……え?」


「そうだな。紗杜子はどっちだと思うんだ? 果たし状かラブレターか。正しいのは、俺なのか朝雨なのか」


 圧の強い二人に挟まれた紗杜子は、困惑し、俯いてしまう。



「いやあ……その……私は、争いごとが嫌いなので、そういう、果し状とかはよく分からないですし、恋愛にも疎いので、ラブレターとかもよく分からないですし……」


 逃げた――わけではないだろう。おそらくそれが紗杜子の本音なのだ。


 紗杜子を責めることはできない。


 しかし、紗杜子の立ち回りのせいで、案の定、次の矛先は僕に向けられた。



「おい、道人、お前はどっちだと思うんだ? 俺と朝雨のどっちを選ぶんだ?」


「道人は、私だよね? 新多よりも私と一緒にいる時間の方が長いし」


 いつの間にやら二択の選択肢がすり替わってしまっていることは一旦おいといて、ルーズリーフの正体は一体どちらなのだろうか。果し状なのか、それともラブレターなのか。


 最初に読んだ印象では、朝雨の指摘するとおり、筆跡が男子のものに見えたこともあり、ラブレターなのではないかと思った。


 ただ、冷静に考えると、ラブレターならば、「目をつけている」だなんて表現は使わないと思う。その表現は、どちらかというと、果し状っぽい。


 どちらの説も一長一短で、決め手がない。



「おい、道人、どっちなんだ?」


「ねぇ、道人、どっち?」


 二人の圧が迫ってくる。ついでに、物理的にも、二人は僕の方へにじり寄って来ている。



 僕は、頭をフル回転させる。果し状かラブレターかの答えを導き出すためではない。この「修羅場」をくぐり抜ける方法を探すためである。


 そのために考えるべきことは、そもそもなぜこのような状況に陥ってしまったのか、である。


 元々の原因は――



「采奈、『今日はみんなに相談したいことがある』って言ってたよね? 相談したいことって何?」


 別に采奈は、「このルーズリーフの正体を特定したい」と言っていたわけではないのである。



「ボクは、明日の放課後、校舎裏に行く。そこに誰かボディーガードとしてついて来て欲しいんだ」


「采奈が劣勢になったら助太刀すれば良いんだな」と新多。


「采奈にフラれて逆恨みした相手が、襲ってくるかもしれないしね」と朝雨。



「明日は水曜日だ。新多と朝雨は部活があるだろう? それに、争いごとが嫌いな紗杜子にボディーガードをさせるわけにもいかない。すると、ボクを守れそうなのは、最近サッカー部に顔を出している形跡がない道人だけかと思うんだけど」



 采奈の消去法に誤りはない。


 しかし、僕は、あまりにも話が急過ぎる、と思った。



「采奈、ちょっと待ってよ。そもそも、采奈が校舎裏に行く必要あるの?」


「どうして?」


「だって、果し状にせよ、ラブレターにせよ、いずれにせよ怪文書でしょ? 差出人不明で、下駄箱に入れられてた文書だなんて。そんなの、無視するのが普通でしょ」


 一瞬静まり返った踊り場の雰囲気から、僕は、僕の「普通」がみんなの「普通」ではないことを悟った。



「道人、売られた喧嘩を買わないなんて、負けを認めるに等しいだろ。采奈に恥をかかせたいのか?」と新多。


「匿名のラブレターなんて、ロマンチックじゃない? 結果として告白を受けるかどうかはさておき、相手に顔は見てみたいでしょ」と朝雨。


「道人さん、無視される方の気持ちになってみてください。とても悲しい気持ちになると思います」と紗杜子。


 そして、采奈も、



「こんな面白いイベントに参加しないわけにはいかないよ。もちろん、ボクの身に危険が及ぶリスクはゼロじゃないと思う」


 采奈は僕の方へと歩み寄り、僕の肩をポンっと叩く。



「だけど、優秀なボディーガードがいてくれるなら、ボクは安心だ。道人、よろしく頼むよ」

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