ボディーガード

「道人、ここが待ち合わせ場所で間違いないよね?」


「……多分。校舎裏の花壇はここにしかないはず」


 学園モノの漫画や小説でよく用いられる概念である「校舎裏」。


 よく考えると、それはハッキリしない概念である。校舎という建物に、果たして表と裏があるのかも分からないし、仮にあったとしても、それは点ではなく、面だ。ハチ公前のように、待ち合わせ場所がスポットで決まるわけではない。



 ただ、僕らが通ってる学校には、表と裏がちゃんとある。正門も、玄関も、同一の方角にあるのだから、間違いなくそちらが表であり、その逆が裏ということになる。


 そして、その校舎裏には、たしかに一箇所だけ花壇があるのである。今は冬なので、何も咲いていないが、春には色とりどりのチューリップが、夏には背の高い向日葵が咲いていた花壇である。



「手紙を送った主はまだ来ていないみたいだね」


 采奈は、花壇の石囲いの部分にちょこんと腰掛ける。そして、六時間目の授業があまりにも退屈だったと抗議せんばかりに、大きな欠伸をする。


 その後、僕の顔を見上げる。



「……道人、何でそこに突っ立てるんだ? ボクの隣に座ってらどうだい?」


 采奈は、自らの左――腕がない方の石囲いに座るよう、僕に目で合図する。



「いや、僕は少し離れたところで隠れてるよ」


「どうして?」


「手紙が送った主に、二人でいるところを見られない方が良いでしょ」


「どうして?」


「もしかしたら、手紙の主は、采奈に愛の告白をしたいのかもしれない」


「ああ」


 采奈が納得したところで、僕は踵を返し、校舎裏に隠れる。



 朝雨説に乗っかると、そういうシナリオになる。

 手紙の主は、陰ながら采奈に恋焦がれている男子であり、采奈に秘めたる想いを告白すべく、下駄箱にルーズリーフを入れたのだと。


 ルーズリーフの文言解釈はさておき、その可能性は十分にあると思う。


 采奈は、女性としてとても魅力的だ。片腕がないというハンディキャップも、それを台無しにはしていない。

 それどころか、采奈の魅力をさらに引き立てている、と僕は思う。


 とはいえ、僕は、初めて采奈に会った時からそう思っていたわけではない。采奈お助け隊の一員として、采奈のそばにずっといたことで、采奈のことを魅力的に思うようになったのだ。


 だとすると、采奈と今まで関わりのない男子が、たとえば采奈に一目惚れする、などということはあるのだろうか――


 仮に、そんなことはないのだとすると、朝雨説は打ち砕かれる。


 だとすると、新多が言うとおり、手紙の主は、采奈の生意気な態度が鼻についている者であり、これから始まるのは決闘だ。


 紗杜子ほどではないが、僕も争いごとは好まないので、あまり考えたくない展開である。


 告白か決闘か――


 果たしてどちらが僕にとってマシな展開だろうか――



 采奈お助け隊のメンバーとして、采奈の身を案じるのであれば、決闘よりも告白の方が断然良い。


 でも、僕は――



 後者の陰に隠れた僕は、ドギマギしながら、手紙の主が現れるのを待った。


 花壇に座っている采奈はといえば、空を見上げながら口笛を吹いたりと、だいぶリラックスした様子である。


 おそらく、采奈以上に僕の方が緊張している。


 二分ほど経って現れたのは、眼鏡を掛け、ブレザーのボタンを三つとも留めた、線の細い男子だった。


 決闘だったら、何とか倒せそうである。


 ただ、そっちじゃなかったら――



「永倉采奈さん、約束どおり来てくれたんだね。ありがとう」


 線の細い男子は、采奈の膝とぶつかりそうな至近距離まで来ると、馴れ馴れしい感じで言う。



「どういたしまして。君の名は?」


「紀村楊広」


――聞いたことある名前である。ただ、具体的にどこで聞いた名前なのか、僕が瞬時に思い出せずにいたところ、采奈がその答えを与えてくれた。



「校内試験学年トップの紀村楊広か」


――そのとおりだ。


 一般的な公立中学校である僕らの学校では、校内試験の結果が掲示板に張り出されるようなことはない。


 しかし、上位数名に関しては、一瞬にして噂が回る。


 前回、さらに前々回の試験でも学年トップをとっている紀村楊広は、一年生ならば全員漏れなく知っている名だった。



 手紙の主が紀村楊広であると知った僕は、焦った。


 もし、学年トップの頭脳を持った男子が、采奈に告白した場合、采奈はどうするのだろうかか。


 仮に、采奈の好きなタイプが「知的な人」だった場合には、突然の告白だったとしても、オーケーをする可能性があるのではないか。


 このまま校舎の陰から飛び出して、二人を邪魔したいという衝動に駆られる。


 ただ、そんなことをしても、采奈にはありがたがらないだろう。

 


「それで、学年トップの秀才が、ボクみたいなしがない身体障がい者に何の用だい?」


「しがない身体障がい者……俺はそうは思わないけど」


――やはり邪魔したい。二人のやりとりを見ているのがもどかしかった。



「だから、何の用だい?」


「永倉采奈さん、率直に言って、俺は貴方に興味がある」


「……それは、愛の告白か?」


「違うね。そのままの意味だよ」


 とりあえず、一安心……しても良いのだろうか?



「そのままの意味?」


「そう。俺は永倉采奈さんに興味がある。それ以上でもそれ以下でもない」


「ボクは研究対象か何かか?」


「それがしっくりくるなら、そう理解してくれても構わない」


「じゃあ、君はボクをどうしたいんだ? まさかボクを虫網で捕まえて、虫カゴに閉じ込めようとか考えてないだろうね?」


「ちょうど良いサイズの虫網と虫かごがあれば悪くない考えかもね」


 なんて会話だろうか。

 やはり飛び出して行って、采奈を守りに行くべきだろうか。



「いや、最悪の考えだね。ボクは自由をこよなく愛してるんだ。狭い場所に閉じ込められたくなんてない」


「大丈夫。永倉采奈さんの自由を奪う気なんて、これっぽちもないよ」


「じゃあ、何のためにボクを校舎裏に呼び付けたんだい?」


「まだ分からないかい?」


「全然」


 楊広は、一呼吸置いてから、言う。



「永倉采奈さん、俺と友達になって欲しいんだ」

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