「永倉采奈を殺した犯人を暴露します」

菱川あいず

第一章

孤独な春

 やっと終わった――


 それが、清周きよかね道人みちひと――僕が、中学生活を振り返った上での、紛うことなき感想であった。


 そんなことを言うと、人生の先輩方に怒られるかもしれない。人生に一度きりの、人生で一番濃い三年間をもっと大切に過ごしなさい、と。



 たしかに僕にとっても、ある時期までは、中学生活は、華々しく、瑞々しく、まさしく光陰矢の如しで、日々が過ぎるのが惜しいものだった。


 ある時期――あの事故までは。



 あの日、彼女を失って以来、全てが変わってしまった。

 カラフルな日々はモノクロになり、時計の針もずっしりと重たくなった。



 彼女が死んで以降、約半年残されていた中学生活は、僕にとっては消化試合のようなものだった。


 内申点だとか、そういう面倒くさいものがなければ、登校すらしなかっただろう。



 ゆえに、中学卒業を目前にし、僕は開放感を味わっているのである。



「今日のホームルームはここまで。学級委員、帰りの号令を頼む」


 担任の指示に従い、「起立! 礼!」と、学級委員の女子が声を張り上げる。

 その号令に合わせて、僕は、椅子を少しだけ引き、少しだけ腰を浮かせ、少しだけ頭を下げる。


 そして、椅子に深く座り直すと、大きく伸びをする。



 もうそろそろ終わる――



 残された中学生活はあと一週間。

 

 今日は、体育館で、卒業式のリハーサルがあった。


 卒業式本番は来週の頭。


 それまで、ほとんど授業らしい授業はない。


 長かった中学生活も、もうフェードアウトの段階に入っているのである。


 ホームルームの終了と同時に、教室はワッと賑やかになる。

 僕とはまた違った意味で、同級生たちは開放感を味わっているはずだ。


 同級生たちは、数人ずつ輪を作って、中学生最後の思い出作りをどうしようか、と相談しているのである。卒業式直前の土日にディズニーに行こう、とか、卒業式直後に小旅行に行こう、とか。


 楽しそうだなと思う。

 羨ましいなと思う。


 しかし、僕には無縁な話である。


 僕は、徐に立ち上がり、さして重くないスクールバッグを肩に掛ける。



 一番窓際の僕の席から教室の出口に至るまでは、少し距離がある。



 とはいえ、その間をゆったりと歩く僕に、声を掛ける同級生は誰一人もいない。



 「じゃあね」という挨拶の一つさえ、間違っても僕には飛んでこない――



――はずだった。



 それなのに――



「道人」


 教室の中程で、僕を呼び止める者がいた。


 声で誰かはすぐに分かった。


 しかし、振り返るまで、僕は、声の主が彼であることが信じられなかった。



 よりによって彼が、僕に声を掛けてくるはずがない。



 しかし、振り返ると、彼――溝口みぞぐち新多あらたと、はっきり目が合った。



「道人」


「……どうして?」


 どうして僕に声を掛けたの? と訊きたかった。


 僕と新多は、今はもう、気軽におしゃべりできるような間柄ではない。



「道人、このあと空いてるか?」


 まさか遊びの誘いではあるまい。そういう間柄では、なおさらない。



「空いてる」


 僕は正直に答える。


 新多との関係は、ハッキリ言って気マズい。関わり合いはできるだけ避けたい。


 だからこそ、新多からの誘いは無下にはできないと思った。


 僕と関わりたくないのは、新多も同じであるはずなのだ。

 それにもかかわらず、あえて僕に声を掛けてきたということは、そこにはのっぴきならない事情があるに違いないのだ。



「良かった。道人に見せたいものがあるんだ?」

 

「見せたいもの? 何?」

 

「ここでは見せられない。少し場所を移動しよう」

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