Vtuber

 新多が僕を案内したのは、予想どおりの場所だった。


 そこは、三階にある三年生の教室から階段を上り、音楽室などがある四階も通り越して、さらに階段を上ったところにあるスペース。


 呼称するならば、「踊り場」ということになるのだろう。


 そこは、階段と、屋上とを繋ぐ、四畳ほどの空間だ。


 もっとも、屋上に入る鉄製のドアは、常に鍵が掛かっている。

 僕が屋上に入ったのは、入学直後のオリエンテーションで校舎を案内した一度きりであり、おそらく、ほとんどの生徒がそうであろう。なお、僕が入った日は曇りだったこともあり、室外機の音ばかり気になり、開放的だったという印象はあまりない。



 屋上へのドアが閉まっているということは、つまり、行き止まり、ということだ。


 すると、生徒がここに立ち入る動機はないのだが、ゆえに、新多は、僕をここに導いたのである。


 ここは、薄暗く、少し湿ってもいるが、その代わり、邪魔者は誰も入ってこない。



 ここは、あの事故の前には、僕らの「秘密基地」だった。


 放課後になるたびに、特に示し合わせることなく、仲良し六人組でここに集まっていたのだ。



 ただ、あの事故以降、僕がここに足を踏み入れることはなかった。同じく仲良し六人組のメンバーだった新多も、おそらく久しぶりにここに来たものと思われる。



 僕は、立ち入って早々、正方形の空間の、隅に積もった埃に目が奪われる。


 半年前は、埃など気にならなかった。


 半年間掃除がされていないということはないだろう。かといってこまめに掃除がされるような場所ではないから、半年前にも同じように埃はあったのだと思う。


 半年前は、文字どおり、「気にならなかった」だけなのだ。


 仲良し六人組でわちゃわちゃ盛り上がっていた半年前には、こんな小さなことは気にならなかった――



「道人、これを見て欲しいんだ」


 雑談など挟まずに、新多が本題に入る。


 半年前だったらこんなことはなかった。

 目的も、オチすらもない、他愛のない話ばかりしていた。


 今だって、ラグビー部で主将を務めていた新多を「部活引退してから太ったな」などと、からかう言葉が喉元まで出かかっている。


 しかし、もうそんな馴れ馴れしいことを言える関係でない。当時の新多だったら、タレント顔負けの白い歯を見せながら、「ぜい肉じゃなくて筋肉だよ」と返してくれただろうが、今はムッとされるだけに決まっている。



 ゆえに僕は無言のまま、新多の手元に視線を落とす。


 しゃがみ込んでいた新多は、部活を引退してもなおもスクールバッグ代わりに使っているらしいエナメルバッグから、クリアファイルを取り出す。


 そして、クリアファイルに挟まれていた艶やかなコピー用紙を、ファイルから引っ張り出す。


 そこには、長方形の絵が横並びに二つ並んで印刷されている。

 絵、というよりは、画像というべきか。

 おそらくスマホの画面をスクショしたものである。僕らの中学校では、学校内にスマホを持ち込むことは禁止されているが、生徒の大多数はスマホを持っている。



 スクショされた二つの画面。


 その中心には、いずれも三次元の美少女がいる。


 これはVtuberの配信をスクショしたものだ、とすぐに察しがついた。


 とはいえ、そのスクショによって、新多が僕に何を伝えたいのかは、すぐには分からなかった。



「これ、新多のお気に入りのVtuber?」


 「違う」と、新多がすかさず否定する。


 僕も、訊く前から、おそらく違うのだろうと勘づいていた。



「やっぱり道人は知らなかったか……」


「知らなかったって、このVtuberのこと? それは知らなかったけど……」


 僕は、普段からよくVtuberの配信を見る。元々はゲーム配信だけを集中的に見ていたが、近頃はそうでないものも見る。

 美少女アバターが、雑談をするだけの配信も時折見る。


 もっとも、新多が見せてくれた銀髪のアバターには、見覚えがない。知らないVtuberである。



地獄丸じごくまるっていうんだ」


「何が?」


「このVtuberの名前」


 やはり聞いたことのない名前だ。

 それにしても、地獄丸というのは、やけにおどろおどろしい名前だな、と思う。愛らしい美少女のルックスにも似つかわしくない。



「……それで、その地獄丸がどうしたの? 新多はどうしてそのスクショを僕に見せたかったの?」


 僕も、単刀直入に本題に切り込む。



「ここを読んでみてよ」


 新多が指差したのは、美少女アバターの頭上である。そこには、配信者が固定したメッセージが書かれている。この配信の看板書きである。



 「読んでみて」と言われたので、最初は声に出して読んでみようと思った。


 しかし、それはできなかった。


 その文字列は、僕にとって、「禁忌」ともいえるものだったのである。


 鼓膜を突き破るのではないかと思うくらいに、バクバクという心臓の音が聴こえる。


 発狂して叫びたくなる。


 どうして――


 一体誰がこんな酷いことを――



 唇をわなわなと振るわせるだけの僕の代わりに、新多が、その固定メッセージをゆっくりと読み上げる。



「『永倉ながくら采奈さなを殺した犯人を暴露します』」

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