「助ける」ということ

 僕は唖然とする。



「……采奈お助け隊は、采奈を助けるために作られたんでしょ? 助けられる采奈自身が主導して作るなんて、オカしいよね?」


 貧しい国の、恵まれない子どもたちが、自らユニセフを設立してお金を集めるような、そんな奇妙な話のように僕には思えた。



「だから、道人は勘違いしてるんだ。采奈お助け隊は、たしかにボクを助けることを目的に含んでいる。だけど、は別にある」


「真の目的?」


「ああ」


 采奈は、座っている向きを九十度変えて、僕に向き合う。

 そして、立っている僕を見上げながら、左手を振る。


 実際には、采奈には左手はないのだが、腕の付け根の動き方から、僕は、采奈は左手を振ったのだと理解したのである。



「道人、ボクに左腕がないことをどう思う?」


「どう思うって、どうも思わないけど」


「気にならないってこと?」


「そうだね」


 偽らざる本心である。


 むしろ僕が先ほどから気になっているのは、采奈のスカートから露出している艶かしい脚の方であるが、そのことは隠しておこう。



「道人は、今は僕の左腕が気にならない。でも、初めて会った時は違っただろう?」


「え?……いや、それは、まあ……」


「正直、気持ち悪いと思っただろう? 怖いと思っただろう?」


 たしかにそうだった。

 采奈と初めてすれ違った時、僕はそのように思ったのだ。まるで、見てはいけないものを見てしまったような、そんな思いだった。



「たとえば、ボクと初めて会った時、ボクが道人に『仲良くなってください』ってお願いしたら、道人はどう思う?」


 その場で断りはしないとは思う。

 ただ、厄介なことになったな、と頭を悩ますだろう。

 とにかく、かなり気を遣うであろうことは間違いない。



「腕があるかないかというのは、普通、ものすごく気になることだと思う。二本腕がある人からすれば、一本しか腕がない人というのは、対等な存在に思えないだろう。場合によっては、同じ人種にすら思えないかもしれない」


 采奈の言っていることは大袈裟ではないと思う。

 それは、僕みたいに人生経験の乏しい子どもに限った話ではない。人間が、自らと「同じ」だと思い、共感できる範囲は人それぞれ違うが、その範囲は、大抵狭過ぎる。


 腕のない身体障がい者は、多く健常者からすると、自分とは「違う」人であり、共感の対象外だ。



「多くの人にとって、ボクみたいな腕のない身体障がい者――いわばよく分からない生き物と、いきなり仲良くするということはすごくハードルが高い。だけど、ボクを『助ける』のであれば、だいぶハードルが下がる」


 たしかにそうだな、と思う。


 「助ける」という行為ならば、自分とは「違う」相手に対してもできるし、共感していない相手に対してもできる。


 「仲良くする」と違い、「助ける」は、対等な関係や同質性を前提としないのである。



「だから、ボクが人と関わる時は、まずは助けてもらうことから始めた方が良いんだ。そこから少しずつボクのことを理解してもらって、距離を詰めていく。それはボクの戦略なんだよ」


「ということは、采奈お助け隊の『真の目的』って、ってこと?」


「……恥ずかしいから、ボクの口から言わせないでくれ」


 どうやら、僕はまんまと采奈の戦略にハマってしまったらしい。


 采奈お助け隊に入ることによって、僕は、最初は不気味に思っていた采奈の障がいも、今は少しも気にならなくなっている。


 そして、今は采奈の内面を知ることで、僕は采奈の魅力に惹かれている。新多と朝雨だって、きっと同じだ。



 「助ける」から入ったことで、僕らは采奈と友だちになることができたのである。



 「助ける」から入る――そうか。それで良いのか。



「ねえ、采奈お助け隊の新メンバー候補なんだけど」


「お? 道人、心当たりがあるのかい?」


?」


 僕の提案に、采奈は、「道人は野心家だね」とニヤリと笑った。

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