僕と紗杜子の非対等関係
「紗杜子、この動画を見て欲しいんだ」
学校の外で紗杜子と二人きりで会うのは、おそらくこれが初めてだ。
その気恥ずかしさからか、朝雨と会った翌日の放課後、僕が紗杜子を誘い出したのは、学校のすぐそばだった。
年金暮らしのお爺さんとお婆さんが、採算度外視やっている老舗の駄菓子屋。
店の前に、腐りかけの木のベンチが置いてあり、そこに、制服から私服に着替えた僕と紗杜子が腰掛けている。
僕がスマホを差し出すと、紗杜子は、戸惑った表情を見せる。
「何の動画なんですか?」
「見れば分かるよ」
紗杜子は、先の尖ったストローで少しずつ崩していたメロンのかき氷をベンチの片隅に置き、代わりにスマホを手で受け取る。
かき氷の緑色の頂上に、紗杜子のおさげ髪の毛先が触れそうになる。
紗杜子の髪型は、相変わらず三つ編みだ。
結局、三年間そのスタイルを貫き通したのである。
紗杜子は変わっている、と思う。
ゆえに、中学入学早々、紗杜子はイジメの対象に選ばれた。
紗杜子が女子だということもあり、さすがに殴る蹴るという物理的暴力はなかった。
しかし、言葉の暴力は、日常茶飯事だった。
「ゴミ」「ブス」「クズ」「カス」など、短いけれども、鋭く尖った言葉が、SNS上、対面問わず、紗杜子に投げつけられ続けた。
僕は、同じ教室で、それをずっと傍観し続けていた。
それは決して愉快なものではなかったし、紗杜子が可哀想だとも思っていた。
ただ、イジメを止めなければいけない、とまでは思わなかった。
僕には、そんな立派な正義感はなかったのである。
もしも紗杜子の方から僕に助けを求めてくることがあれば、僕は何か手を打ったか、もしくは、何か手を打てないかと悩んだかもしれない。
しかし、紗杜子は、クラスの誰かに助けを求めるようなことはしなかった。当然だ。紗杜子にとっては、僕みたいな傍観者を含め、クラスメイト全員が敵に見えたはずだから。
采奈から、采奈お助け隊の「真の目的」について説明を受けた時、真っ先に僕の頭に浮かんだのが、紗杜子だった。
「助ける」という、僕がこれまで重たく捉えていた行為が、それ自体を目的としなくて良いような、気軽な行為として捉えられるのであれば、
クラスのLINEグループがあったので、紗杜子のLINEアドレスは容易に知ることができた。
僕が、紗杜子に初めて個別で送ったLINEの文言は、以下のとおり。
「突然連絡ごめん。深山さんって何か部活入ってたっけ?」
返信はすぐに来た。
「何も入ってません。帰宅部です。どうかしましたか?」
メッセージに加えて、白猫のキャラクターが首を傾げているスタンプが送られてくる。
もっと警戒されるかと思ったので、拍子抜けだった。
なお、紗杜子が帰宅部であることは、当然に予め知っている。
「実は平日に時間のある人を探してて。G組の永倉采奈って知ってる? 生まれつき左腕がない子」
またすぐに返信が来る。
「クラスと名前は知りませんでしたが、そういう障がいを持った子がいるということは知っています」
また白猫のスタンプ。
そして、正直な回答である。やはり僕を警戒してる様子はない。
「平日に永倉采奈の介助を手伝ってくれる人を探してるんだ。無理にとは言わないんだけど、もし空いてる日があったら深山さんにも手伝って欲しいんだ」
要するに、紗杜子を「助ける」ために、采なを「助ける」ことを利用したのである。
学校で四面楚歌になっている紗杜子に対して、いきなり「仲良くしようよ」と声を掛けても、絶対に怪しまれる。
そこで、僕は、采奈の戦略を借用したのである。
ここでも、紗杜子は即答だった。
「喜んで。私でお役に立てるなら」
紗杜子はどこまでも素直な子だった。健気に思えるくらいに。
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