覚悟

 結局、屋上前の踊り場で、僕は、新多と、最低限の情報交換しかしなかった。


 地獄丸の存在と、醜悪な固定メッセージを僕に伝えた新多が、付け加えて僕に伝えたことは一つだけである。



「道人、今日の十九時から、地獄丸の次の配信があるぜ」



 新多と別れ、家に帰った僕は、配信開始までの時間を、ソワソワしながら過ごした。


 とはいえ、決して手をこまねいて待っていたわけではない。

 地獄丸に関して、調べられる限りのことはスマホで調べた。


 分かったこととして、地獄丸は、配信を開始してわずか一週間の新人Vtuberであり、過去にまだ二度しか配信していないようだ。


 一度目はテスト配信のようなもので数分で終わっており、二度目が新多がスクショした問題の配信だ。


 配信者歴が短いことは、僕にとって、ありがたいことこの上なかった。


 あの忌々しき配信は、それほど多くの者の目には触れていないのだ。


 地獄丸のフォロワー数は、わずか七十二人。


 過去の配信のアーカイブも見たが、二度目のセンセーショナルな配信にもコメントはそれほど付いておらず、寄せられたコメントのほとんどが「永倉采奈って誰?」という類のものだった。


 そういったコメントに対して、地獄丸は、全て「次回のお楽しみ」とはぐらかしていた。


 視聴者としてはストレスが溜まるだろうが、僕は、ひとまずはホッと胸を撫で下ろす展開だった。


 傷口はまだ開いていないのである。

 


 調べてみて分かったこともあるが、基本的には分からないことばかりだ。



 地獄丸の正体は誰なのか――


 そして、地獄丸の目的は一体何なのか――



 地獄丸は、銀髪の美少女アバターである。声も、少し甘ったるいアニメ声だ。


 とはいえ、地獄丸の正体が女性と決めつけるのは早計である。

 いわゆる「バ美肉」であり、中身が男性である可能性は十分にある。見た目はもちろん、今は声だって機械によって変えることができるのだ。



 地獄丸の正体が気になる――



 とはいえ、今日の配信で、僕が最優先でやるべきことは、地獄丸の正体を突き止めることではない。


 もちろん、特定できればベストだ。

 ただ、特定ができずとも、僕にはできることがある。



 地獄丸の暴露を止めること。


 それこそ、僕が是が非でもやらなければならないことなのだ。



 配信開始まであと一分。


 僕は、学習机に座りながら、充電コードを差したままのスマホを構える。


 そして、一秒たりとも遅れてはならないと、まるでライブのチケットを買うときのように、何度も頻繁に画面をアップデートする。

 予定時間より早く始まることを警戒して、この作業はすでに十五分前から続けている。



 采奈は水難事故で死んだのだ。


 その「真相」を覆そうとする愚かな試みは、僕が命懸けで潰えさせなければならない。

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