後始末


「『クライシス』って、道人だろ?」


 放課後、屋上前の踊り場に着くやいなや、新多はやはり本題から入る。


 別に隠す必要はないだろう。



「……そうだよ」


「なかなか頑張ってたじゃないか」


 新多が、表情を変えないまま、そう言う。

 労っているのか、冷やかしているのかは分からない。



 新多も、昨夜の地獄丸の配信を見ていたということで間違いないらしい。


 だとすれば、コメントの一つくらい送って僕を援護して欲しかった、と内心思うが、僕と地獄丸との舌戦が盛り上がってしまっていたので、その隙はなかったということかもしれない。



「道人、目星は付いてるのか?」


「……目星?」


「地獄丸の正体だよ」


「ああ」


 そのことについて、配信が終わってからずっと考えていた。夕飯を食べながらも、お風呂に入りながらも、ベッドで目をつぶりながらも。


 朝を迎えてからもそうだ。


 今日は、一時間目から、外部講師を招いた特別授業が続き、三年生が体育館に集められ、AIや次世代エネルギーなどの最新技術の話を聞かされたが、僕の心が「明るい未来」とやらに向くことは少しもなかった。


 僕は、今日の授業が終わるまで、ずっと考え抜いていた。


 地獄丸の正体は誰なのか――僕はそれを明後日の十九時までになんとしてでも突き止めなければならないのだ。



「目星、とまで言えるか分からないけど、絞れてはいるよ」


「どうやって?」


「推理だよ」


 新多は目を丸くしたが、そんな大層なことではない。

 要するに、具体的なヒントがあまりないので、推測を張り巡らせるしかないということである。



「まず、手がかりは、どう考えても……采奈だ」


 「采奈」という名前を言うのを、僕は少しだけ躊躇する。



「言うまでもないけど、采奈は、タレントでも有名人でもなんでもない。ただの一般人だ。ゆえに、そもそも采奈のことを知ってる人がかなり限られる」

 

 「ちょっと待ってくれ」と新多が僕の話を制止する。



「たしかに采奈は一般人だ。だけど、采奈が死んだ時、全国区のニュースになっただろう? 鴨川で少女の水死体が見つかった、って」


 そのとおりである。遺体発見のニュースは、速報として伝えられて、その続報として、永倉采奈の名前も報道されている。もっとも――



「多くの人にとっては、そんなに印象深いニュースじゃなかったはずだ。今年の夏は異例の暑さで、川遊びで命を落とす者も大勢いた。采奈の事故は、そのうちの一つとして、お茶の間にはあっという間に忘れ去られているはずなんだ」


「そうかな……」


「そうだよ。念のためネットで『永倉采奈』の名前を調べてみたけど、見つかるのは当時のニュース記事くらいだった。どこかの掲示板で采奈が話題にされているなんてこともなかった」


 もっと言うと、ネット上には采奈の写真すら落ちていない。当時報道されたのは、名前と、年齢と、都内の中学校に通っていたという情報くらいだったのだ。


 もしも采奈の写真が公開されていたら、ネットでもそれなりの反応があったかもしれないな、と僕はぼんやり思う。



 新多は、「なるほどな……」とぼやくように言う。


 僕は、推理をさらに先へ進める。



「すると、地獄丸の正体は、生前の采奈のことを知っている人物に限られる。まず怪しむべきは身内だろう」


「どうして?」


「采奈は、水難事故によって命を落とした。当時もそのように報道されていたし、警察でもそのように処理をされている」


 それにもかかわらず、と僕は続ける。



「地獄丸は『采奈は殺された』と突然主張して、半年前に片付いた話を蒸し返そうとしている。地獄丸は、未だに采奈に執着し、未だに采奈の死を認めたくない者――すなわち、采奈の遺族である可能性が高い」


「言われてみるとそうだな」


 僕の推理が腑に落ちたのか、新多は、うんうんと繰り返し頷いている。


 ただ――



「結論としては、僕は、地獄丸の正体は、采奈と親しい関係の者ではあっても、采奈の遺族ではないと思う」


「……え?」


 僕の手のひら返しに、新多は唖然とする。



「昨日の僕と地獄丸のやりとりを思い出してくれ。地獄丸は、自分の暴露が仇となって警察に捕まることを恐れていただろう?」


「……そうだったか? 別に捕まっても構わない、って言ってなかったか」


 たしかに地獄丸は、「私、捕まっても良いよ。代わりに永倉采奈を殺した犯人が捕まるなら」と言っていた。


 しかし――



「それはだと思う。実際には、地獄丸は、警察からの追及を恐れて、わざわざ海外のドメインを使っている。それに、地獄丸が僕に対して『挑戦状』を突きつけてきたのだって、自分が特定される可能性がどれくらいあるのかを知るためでしょ?」


「地獄丸は警察を恐れている……道人、仮にそうだとして、どうして地獄丸が遺族じゃないって言えるんだ?」


「采奈の遺族だったら、警察に捕まることなんて恐れないと思う。采奈の無念を晴らすためならば、後先考えずに行動するだろう」


 それに、と僕は続ける。



「逆に言えば、警察に捕まることを恐れてるんだったら、遺族はこんな手段はとらないはずだ。こんな、死者に未練タラタラな配信をしたら、警察は真っ先に遺族を疑うだろう。わざわざVtuberを使って身元を隠しても意味がない」


 もっと言うと、采奈には、兄弟姉妹はいなかった。

 采奈の遺族は、采奈の父親と母親のみだ。


 Vtuberを使った暴露配信という手段は、あまりにも稚拙である。成熟した大人が選ぶ手段ではない。



「むしろ、遺族だったら、遺族という身分を隠さずに、週刊誌に情報を売り込むなり、警察に相談するなりすれば良いだろ。やっぱり、地獄丸の正体は遺族だとは考えにくい」


 新多が、「なるほどな……」とまたぼやく。



「地獄丸の正体は、采奈の遺族ではない……道人、だとすると、地獄丸は一体誰なんだ?」


 僕の推理の帰結――それは僕自身、否定したくなるものだった。



「……修学旅行の夜、鴨川の河川敷にいた誰かさ」


「……つまり、俺らのうちの誰かということか?」


 僕はゆっくりと頷く。



 そうとしか考えられないのだ。


 采奈の遺族ではないものの、遺族と同じように生前の采奈と深く関わっていたのは、僕らしかいない。



 地獄丸は、仲良し六人組のメンバーの誰かなのである。



「道人、言っておくけど、俺は違うぞ!」


「新多、分かってるよ。もちろん、僕も違う」


 すると、地獄丸の候補として残されているのは――



「楊広、紗杜子、朝雨の三人のうちの誰かが『地獄丸』ということか……」


 新多の声は、踊り場の壁に反響し、消えていった。



 僕は、両手の拳を握りしめる。


 地獄丸との戦いは、仲良し六人組の――そして、あの京都の夜の「後始末」なのである。



 

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