第33話 忍び寄る魔の手②
守られているとは知らない公花は、普段どおりのマイペースで幸運と不運の波を器用に渡っている。
転べば小銭を拾い、警察に届ければお礼にと饅頭をもらい……わらしべ長者かとつっこみたくなるが、そんな公花がとてつもなく頼もしいと感じてもいる。
彼女なら、苦難が襲っても自力でなんとかする、馬力で切り開いてしまうような気がするのだ。
一方、公花のほうでも、剣に言われずとも、身に迫る危険があることは本能で察していて――。
うっすらとだが、もっとしっかりしなければならないと感じ、気を引き締めていた。
(……剣くんの家は、彼の力を悪用しようとしているんだよね。絶対に守ってあげないと)
なにをどうするというわけでもないが、一緒に行動していれば、かえって安心かもしれない。保冷剤も入れてあげて、中は涼しく快適であろうトートバッグを、ぎゅっと抱え直した。
*
四時限目の終了を告げるチャイムの後、お財布を持ったくるみと数名のクラスメイトが、公花の机のそばへ寄ってきた。
彼女たちは、いつもお弁当を持ちよるか学食の購買で買うかなどして、お昼休みを一緒に過ごしている仲間だ。
「キミちゃん、今日のお昼はみんなで学食に集まって食べるけど、どうする?」
「あ~ごめん、ちょっと昼休み中にやっときたい用事があって、別行動する!」
「そっかぁ了解!」
公花は友人たちと別れ、お弁当etc.を入れたトートバッグを持って、そそくさと教室を出た。
扉の鍵が壊れている、特別教室棟の外階段。本来は立ち入り禁止の四階の踊り場は、誰も知らない秘密のスポットだ。
鉄錆びた階段を椅子代わりにして腰を下ろし、お弁当を広げる。
「あ! お母さん、今日はキャラ弁にしてくれてる! けど、これって……」
海苔を切り抜いてご飯に乗せた、そのシルエットはおそらく、白蛇の剣の姿だ。最初はキャーキャー言って彼のことを拒否していた桃子ママだが、今ではすっかりペットとして可愛がっているらしい。
(お、お母さん)
黒い海苔に囲まれた、お米の白い部分が、とぐろを巻いて鎌首をもたげた蛇のイメージなのだろうが、なんだか正直、見た目が悪い。
まぁ印象はどうあれ、味は一緒。お母さんの作るお弁当は、おいしいから!
「……さ、食べよっか!」
気を取り直して箸を持つ。
タコさんウインナーに卵焼き、大好きな唐揚げは最後にとっておいて。
ブロッコリーを箸で摘まんでトートバッグのそばに持っていくと、白い頭が顔を出し、ぱくっと食いつく。
『おい、嫌いなものばかりよこすな』
「違います、栄養を考えてあげたんです。あ、だめだめ、あんまり顔出さないで」
『わかったから唐揚げもよこせ』
渋々ひとつ摘んで差し出すと、白蛇はそれを咥えて口をもぐもぐさせながら、ひょっとバッグの中に引っ込んだ。
この場所でなら、誰かに見られる可能性は低い。
鉄の扉が開けば、錆びた蝶つがいの音がするからすぐにわかる。蛇の小さな体を常に隠すほど警戒しなくてもよさそうにも思えた。
――だからといって油断したわけでもないのだが。
公花が気づくことは難しかっただろう。向かい側の教室棟の屋上の鉄柵から、カラスが一羽、じっと見つめていたことに。
*
もう少しで今日のすべての授業が終わる――そんなタイミングで教室に駆け込んできたのは、教頭先生だ。
「日暮さん、いますか!? すぐに家に戻ってください、ご自宅が火事になっているみたいで……!」
「えぇ!?」
突然の凶報。
取るものも取らずに、教室を駆け出た。
徒歩圏内なので、走れば十分とかからず自宅前へとたどり着く。
(嘘でしょ……)
自宅前へと来て、呆然と立ちすくむ。
目に映るはめらめらと燃える炎。けれど、燃えているのは自宅ではなかった。
家の裏には公共の空き地があり、一帯の家々のゴミ集積場にもなっているのだが、出火元はそこらしい。
地面に生えた雑草に燃え広がってしまったようで、まるで焼き畑のようになっている。赤いベールのような炎が浅く広くちらちらと揺れ、黒い煙が立ち上っていた。
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