第42話 強奪されました③

 風間とともに自転車で向かった先は、近くまで行ってしまえば迷うことはなかった。


 カラスが消えた地域、それはこのあたりでは知らぬ者はいない広大な私有地で――蛇ノ目家の塀が、万里の長城のごとく連なっていたからだ。


 人っ子ひとり姿の見えない、閑静な高級住宅地。

 漆喰塗りの壁に瓦を乗せた、古風な塀がどこまでも続く道の途中に、見慣れた柄の鞄が落ちていた。


「私のトートバッグ!」


 駆け寄って拾い上げるも、中にいるはずの白蛇の姿はなかった。


 がっくりと立ち尽くしていると、きらりと光る欠片が、底板の隙間に隠すように残されていることに気づく。


(剣くんの銀色の鱗だ……)


 貴重なものらしいが、彼が意図的に残してくれたのだろうか。

 公花はそっとつまみ上げると、大事に握りこんだ。


「中身だけ取られたのか?」


 風間が隣に来て尋ねる。


「うん……でも、この塀の向こうって、もしかして」


「もしかしなくても、蛇ノ目家だな。家出してたお坊ちゃんは連れ戻されて説教されてるってところか」


 風間には、剣が蛇の姿になっていることや異能力のことまでは話していないが、おおまかな事情はここに来るまでに伝えてある。


 蛇ノ目家のお家騒動。剣は悪事に利用されていて、このままでは命を奪われてしまうかもしれないこと。トートバッグには、剣の身の上に関わる大事なものが入っていたこと――こうした荒唐無稽な説明を、風間は真剣に受け止めてくれた。


(いい人だ、風間くん……!)


 感動する公花だが、剣がこの場にいれば、フンと鼻を鳴らし、機嫌を悪くしていたことだろう。


 だが、協力者を得て現場にたどり着いたからといって、蛇ノ目家の中に入れるわけではない。


 門の前はサングラスをかけた警備員が見張っているし、複数台の監視カメラに加え、周辺の巡回も行う警戒ぶり。塀を乗り越えたりしたら、すぐに見つかってしまうだろう。


「押し入るのは難しそうだ。警察を呼ばれて終わりだろうし……」


 一度戻って対策を練ろうと言われたが、公花は首を横に振った。


 トランスおばあちゃんが言っていた、「剣を渡してはならない」という言葉を思い出したのだ。


 図書館の資料で見た一文が、急に瞼の裏に浮かび上がってくる。

『妖は、相手を食べることで霊力を増やすこともある――』


 とにかく嫌な予感がおさまらない。今諦めたら、もう二度と会えないような、そんな気がした。


(なによりも、剣くんが、私を呼んでいる気がするから……)


 公花の決意を見た風間は、わかったと呟いて、立ち上がった。どうやら最後まで付き合ってくれるつもりらしい。


 まかせろと言われて、頼もしい金髪スポーツ少年の動向を見守る。


(風間くん、ありがとう……)


 蛇ノ目家ほど大きな家であれば、四方に勝手口が存在する。

 その中のひとつの扉を、風間がドンドンと荒く叩いた。


「おい、蛇ノ目! 出てこいよ! まだ勝負はついちゃいねぇ、いつまで家に引き籠ってるつもりだ!?」


 警備の手薄な入り口を狙って、風間が騒ぎを起こし、警備員の目を引き付けようという作戦だ。


「なんだおまえは」


 早速、強そうな黒服の男がふたりも出てくる。


「俺は蛇ノ目のクラスメイトだよ。あいつに言いたいことがあるんだ!」


 屈強な大人の男たちを前にして、ビビっている様子など欠片も見せない風間。さすが不良(ではない)の鑑だ。


 すぐそばの茂みに隠れている公花は、風間が男から肩を突かれたりしているのを見て心を痛めつつも、隙をうかがう。


 風間は巧妙に挑発し、ヒットアンドアウェイを繰り返して、男たちの注意を引いた。途中、チラリと目で合図をされて──。


 隙を見て行けってことだろうけど、ちょっと無理そう……どうしよう。


「おい、そこにもうひとり、いるんだろう。出てこい」


 公花も見つかってしまった!

 どうしよう、どうしよう。このままではなんなく捕まってしまうだろう。

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