第41話 強奪されました②
できるなら由来のある各地へも足を運んでみたかったが、名前が載っているのは他県の長野、奈良、京都……思い立って行くには遠すぎる。
せめて前世の、公花と剣がともに生きていた山がわかれば、劇的な進展があるかもと思ったのだが。
公花の記憶にあるあずきカチカチ山──剣いわく「五穀御剣山」の名称で調べても、記録には出てこなかった。
そもそもあそこは連なる山の麓の小さな凸凹の一角であったから、今は別の名前がついているか、もう切り開かれてなくなってしまったのかもしれない。
くるみが教えてくれたとおり、信仰が廃れた神は力をなくし、荒魂となるか、極端な場合は消滅する、というような記載もある。
信仰といったって――自分が山ほど祈るだけでは、足りないだろうか。
(お供え物でもしてみる……とか?)
供えるならなにがいいのだろうと、ついでに本棚から取ってきた「爬虫類図鑑」をぺらぺらとめくってみる。
(蛇の好物……ねずみ? うぇぇ、それはなんかやだ。卵。そうだ、スーパーで売ってる卵にしよう)
リアルな蛇の写真が載っているページは、ゾクゾクして長くは見ていられず、ささっと早送りする。
当たり前だが、剣じゃない普通の蛇は、怖いのだ。
『死んだように見えても、冬眠しているだけかもしれません。間違って土に埋めたりしないようにしてください』
その記載だけは、マーカーで強調して知らしめたい気持ち。図書館の本だから、さすがにしないけれど。
(そういえば、前世の私と剣くんって、最後はどうなったんだろう……)
できるなら、ちゃんと思い出したい。
膝に乗せたトートバッグを、そっと見つめた。
──こくこくと時は流れていったが、手がかりはなかなか集まらなかった。
読むのに時間がかかりそうな本はレンタルすることにして、ひとまず帰宅することにする。
だが、自転車で家に向かう途中、事件は起こった。
『カァー! カァー!!』
突然、カラスの群れに襲われたのだ。
「きゃああっ! なに!?」
『カアッ! カアア!!』
手を振り回して応戦するが、羽ばたく風と、鋭い嘴の猛攻は止まない。
このままでは啄まれて怪我をしてしまいそうだ。防戦一方になっていると、
「日暮! 大丈夫か!? このっ!」
聞き覚えのある声がして、誰かが駆け寄ってくる気配。
「風間くん!?」
勢いよく鞄を振り回して、カラスを追い払ってくれる金髪の男の子。剣と同じクラスの男子生徒、風間隼人だ。
たくましい男の子の加勢でカラスも怯んだのか、四散するように上空に舞い上がっていった。
助かったと思った次の瞬間、公花は悲鳴を上げる。
滑空してきた一羽が、自転車の籠に乗せていたトートバッグを嘴に咥え、奪っていったのだ。中には、蛇の姿をした剣が入っているのに……!
「鞄が! 待って、それを返して――!」
追いかけようとしたが、今いる場所は高台で、ガードレールの向こうは崖だ。
追いかけてこられないことがわかっているかのように、カラスは一度くるりと旋回して、眼下の集落のほうへと飛び去っていった。
ガードレールに飛びついて、身を乗り出さんとする勢いの公花の腕を、風間が掴んだ。
「日暮、よせ。危ない」
「どうしよう……取り返さないと」
「大切なものなのか?」
「うん……」
風間はカラスが飛び立った方向を見て、眉を寄せて考え込んだ。
スポーツバッグを肩にかけて、ジムの帰りらしき出で立ちの風間隼人。
実は公花が図書館を出たときからその姿を見かけていて、声をかけるタイミングを掴めずに、ただ見守るようについてきた。
彼は以前から公花と仲良くなりたいと思っていたが、近づこうとすると蛇ノ目剣が現れ、ことごとく阻まれていた。
だが公花は先日、怪しい男たちに狙われていて、なにかのトラブルに巻き込まれているのではないかと気が気でない。
肝心のナイト様も、最近は体調でも崩したのか、登校すらしていないし――そのせいで、近頃の公花にいつもの元気がないことも、わかっているのだが。
「――飛んで行った方向はわかる。追いかけよう」
「手伝ってくれるの?」
「ああ」
真剣な目に、下心はない。好きな子のために力になりたいと、掛け値なしに動くいいやつなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます