第29話 神の御使いをお迎えしました②

 声が小さくなり、聞こえなくなった。

 おやと思っているうちに、布団の中に閉じ込めている存在も、動かなくなっている。


「え?」

 違和感を覚えて、ちょっとだけ動きを止めて考えた。それから、布団にかける体重を軽くしてみる。


 すごくすごーく弱った剣の声が、布団の中から聞こえてきた。


『……助けてくれ……俺がその、蛇……』

「え????」


 おそるおそる布団をめくると、伸びきった白蛇が、目を回していた。


       *


 おちょこでお水をあげて、うちわであおいであげると、蛇もひと息ついたようで。

 ぷはっと妙に人間くさく、大きな息継ぎをひとつ。


 先ほどは相当に苦しかったようだ。ぜはぜはと蛇らしからぬ動きで、しつこく酸素を貪っている。


(蛇が、剣くんの声で喋ってる……?)


『し、死ぬかと思った……』

 口の動きに合わせて聞こえてくる声は、確かに知り合いのそれで――。


「つ、剣くん……なの?」

 まさかと思いながら名を呼ぶと、白蛇は恨めしそうな目を向けて、こくりと頷いた。


 用意した座布団の上にとぐろを巻いた姿は、まるで幸運の置物のようだ。

 だが尻尾はうねうね、ぱたぱたと不機嫌に布を叩いて、ナマモノっぽさを主張している。

 酷い目に遭ったと怒っているようだ。


「蛇の姿になったまま……人間の姿に戻れなくなった!?」


『そうだ』


 公花を怖がらせないよう、説明を尽くそうとしている彼は、まずは要約した形で「力を使いすぎたんだ」と告げた。


 動物に変身するなんて通常なら信じられない現象だが、前世の彼の姿を覚えているだけに、不思議と抵抗はない。


(そういうものかぁ……)

 なんて思いながら、目をぱちくりする公花。


 剣は、公花がちんぷんかんぷんになってフリーズしていると思ったのだろう。言葉を選びながら、ゆっくりと解説していった。


 彼は普通の人間ではなく、妖の類いで、実はそれすらも越えた、神に近い存在。

 とても長生きしていて、神通力という不思議な力を使えること。


 体育祭で柱が倒れてきたとき、公花が無事で済んだのは、どうやら彼がその力をもって助けてくれたのだということも。


 公花にも前世の記憶はあるが、ちょっぴり幸運に恵まれているだけで、れっきとした人間だ。同じように「ただの人間」である父と母の間に生まれた、平凡な女の子。

 剣とは、根本からして違う。


「そうなんだ……なんか、剣くんは普通の人とは違うなぁとは思っていたけどね」

『信じるのか? 俺の話を』

「うん、信じるよ?」


 疑う気持ちなんて微塵もなかったのだが、そう答えたとき、彼はどこかほっとしたような表情を浮かべていた。


『俺のことが……気持ち悪いとか、恐ろしいとかは……』

「ないない。そりゃあ、びっくりはしたけど」


 いつもお世話になっている彼のこと。

 嫌だとか、怖いなんて、思うはずもない。


 けれど、ここからが問題。


「つまりは……人間の姿に戻れないほど、弱ってしまったってことだよね?」

『ああ』


 力の源である「神通力」の使い過ぎで、人の姿を保てなくなってしまったというけれど……。


「家の人は、知ってるの……?」

『わからない――だが、家には戻りたくない。これ以上、仕事で力を使わせられたら、それこそ消滅してしまう』


 ここらへんの説明は詳細ではなかったが、要するに彼の実家、蛇ノ目家は、剣の力を利用しようとしているらしい。

 こんなに弱りきってしまうほど、酷使されているのだろうかと、公花は同情した。


「大変だったんだね……そんなにもヘトヘトになるほど、こき使われているんだ」


『それはおまえも原因……いやなんでもない』


「でも、これからどうするの? その姿じゃ学園にも行けないよね……しばらくすれば、元に戻れるの?」


『体力が回復すれば、姿は戻ると思う。それまで、ここに匿ってくれないか?』


「うん、わかった……え? うちに!?」


 ぽろっと飛び出すのではないかというほど、目を大きく見開いてしまう。


 蛇を……苦手な生き物代表ともいえる蛇を飼う。

 いや実は人間なのはわかっているのだが。


 そもそも、男の子がひとつ屋根の下に居候? モラルの面でも、いろいろと問題があるのでは。


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