第30話 神の御使いをお迎えしました③

「えーと、それは、どう……だろう。うちの家族のこともあるし!?」


 どうしよう。困っているなら助けてあげたいけれど。

 でも蛇は……やっぱり、生理的に問題ありだ。


 特に、にょろにょろしたものが嫌いな桃子ママからは、許可は出ないだろう。

 どうにかうまく断る言い訳は、そして彼の安全も確保するいい案はないものかと、ぐるぐるする頭を絞っていると――。


「俺は幸運の神だ。いると金の入りがよくなるし、家族も幸せになる」


 そういえば、おばあちゃんもそんなことを言っていた。

 うーん、なにが正解か、わからなくなってきた。


「じゃあ、いっか!?」

 考えるのを放棄して、こうして利害は一致した。


       *


 安請け合いしてしまったが、最初の説得はやはり大変だった。


 家族に黙ったまま住まわせるという手もあったが、もし見つかった場合、桃子ママの心臓が止まってしまうこともありえる。

 よって正直に「白蛇が居ついちゃったみたいで、飼ってもいい?」と尋ねたところ、もちろん大反対の嵐。


 だがその後、桃子ママが引いた町内会の宝くじが大当たりを叩き出し、立て続けに懸賞が当たるという幸運が舞い込んだ。


「白蛇様のご加護だね。ありがたやありがたや」

 と、おばあちゃんの後押しもあって、ついに母も首を縦にふった。


「よく見ると、この子、可愛い顔してる。噛まないし、すごく頭が良くて、朝、新聞まで取って来てくれるのよ」


 にょろちゃん、なんてあだ名までつけて。だけど触るのはまだ無理とのことで、お世話は公花に一任された。


 まんまと居座った白蛇は、しれっとしたもので、公花の服のポケットに勝手に入って、おすまし顔。


「まぁ仲良しね~」


 いやぁ、実は鳥肌がすごいんですけども……。


(……これ、慣れるの?)


 苦笑いを浮かべる公花だったが、当の剣はどこ吹く風で、ちろりと舌を出している。


 仕方なく始まった共同生活だが、あまり深く悩まないのがこの家の家訓。あれよあれよという間に、白蛇は日暮家に馴染んでいった。


 剣は、あくまでも「頭のいい蛇」として振る舞っていて、家族の前では寝床にしている籠に入り、大人しく過ごした。


 籠の置き場は、飼い主である公花の部屋の勉強机の上が定位置となったのだが……。



 ──最初の晩、公花はプライバシーを守るため、夜眠るときくらいは籠を廊下か別の部屋に移そうと考えていた。だが、

「あんたが飼いたいって言ったんでしょ。ちゃんと面倒見なさい」

 と反対され、手元に戻されてしまったのだ。指摘したのは変なところで厳しい母、桃子である。

 飼うことを許可したとはいえ、夜中にトイレに起きたときに、廊下にそれがあったら驚くでしょ!  という理由だ。


「思春期なのに……」

 言い負かされた公花がそう呟くと、手に抱えた籠から、『ふっ』と渇いた笑いが聞こえてきた。


「あ、今、笑ったでしょ!」


 睨みつけると、蛇はふるふると首を振る。


 仕方なく自室へ連れて戻り、結局は机の上に籠を置くことに決めたのだが、就寝するまでに何度も念を押し、確認してしまう。

「ベッドのほうには来ないでね」

『わかった』

「寝顔も、見ないでよね」

『わかったわかった』


 目隠しも兼ねてブランケットをかけてあげてから、自分は慣れたマイベッドへともぐりこむ。


 プライベートな空間に他人の気配があることにちょっぴり緊張しながらも、

「じゃあ、おやすみー」

『おやすみ』

 なんて挨拶を交わして、電気を消せば、寝つきのよい公花は三秒で夢の中──。


 元来、適応力の高い公花のことだ。一晩越せば、こんなもんかと案外、慣れてしまうもので……。

 「思春期」な悩みとやらも、すぐに気にならなくなった。


「おはよー」

『おはよう』

 朝の挨拶なんかも、昔から兄弟姉妹が欲しいと思っていた公花には新鮮で、なんだかこそばゆい。


『寝ぐせすごいぞ』

「うるさいなぁ」


 気にしない、気にしない。だって相手は蛇だもの。


 そんな風に、なにごともなく平和な時間が過ぎてゆき、公花もすっかり安心して、「蛇のいる毎日」が日常として定着した頃――。


 ある朝――ぬろんと妙な感触がして、公花は目を見開いた。


 「うーん?」と寝返りを打って瞼を開くと、目の前に細くて白い肢体が――ミニサイズの蛇が公花の頬に頭を寄せて、くぅくぅと暖を取って眠っているではないか。


「なぁぁぁぁぁぁぁーーーーー……」


 日暮家にまた、絶叫が響いた。


       *


 一方、日暮家に匿ってもらうことにした剣の側でも、苦労はあった。


 無意識に熱を求めて入りこんだ公花の布団で、危うくつぶされかけたり。


 窓の外から野良猫にギラギラした視線を向けられたりと。(怖くはないが、生物の性として、戦慄は感じるのだ)


 それに蛇の姿では、暇つぶしに本を読むことも容易ではない。公花がいるうちはいいのだが、外に出かけていたりすると退屈で仕方がなかった。


 とある日には、思い出したくもないおぞましい出来事も――。

(いや、あれは夢だ。夢だったに違いない)


 あの日は、帰宅した公花が早めに気づいてくれたからよかったものの……。剣にとっては、二度と経験したくない黒歴史となった。


「あれ? お母さん。剣く……にょろちゃん、どこいったか知らない? 部屋にいないんだけど」


「見てないわよ。あなたの布団の中か、押し入れとかじゃないの?」


 リビングで洗濯物をたたみながら、桃子ママが言う。


「いや、部屋にはいなくて……おばあちゃん! にょろちゃん見なかった?」


 ソファでおせんべいを齧っているおばあちゃんが、ふごふごと答える。


「知らんよ~」

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