第31話 神の御使いをお迎えしました④

「外に行っちゃったんじゃない? 賢いから、すぐに戻ってくるわよ。それより公花、冷蔵庫にあるみかん、おばあちゃんに出してあげて」


「えー? ……はいはい」


 それもありえるかと納得した公花は、母の言いつけどおりキッチンへ行き、冷蔵庫を開けて、硬直した。


 冬眠しかけた剣が、冷蔵室のど真ん中に鎮座していたからだ。


「おばあちゃん! 間違えて入れたでしょ!? にょろちゃんはウナギじゃないからね!?」

「あ~? 知らんよ~」


 公花の手の平で温められて、薄れかけた意識を取り戻したが、蛇はあやうく昇天しかけた。


 文句を言う気力すら残っていなかったが、ばあさんに関しては要注意だと、剣は再認識する。

 ペットと把握しているときですら、「ほぉら、ご馳走だよ~」となんだかよくわからないゲテモノを食べさせようとしてくるのだ。


(俺はそんなものは食わない! やめろ~っ……!!)


 気が休まるのかそうでないのかよくわからない、ドタバタとした毎日が続いた。

 だが反面、温かい公花の家族に癒されてもいて――。


 あるとき、公花と蛇は、一緒に寝そべって漫画を読みながら、語り合った。


「なんで私だけ、家族の中で前世の記憶があるのかなぁ。私と剣くんの他にも、いるのかな?」


『いるよ。記憶だけでなく、異能も受け継ぐものもいる』


「そうなんだ……。私、前世の記憶があるといっても、あんまり覚えていないんだよね。特別な力もないし……。どうせなら、もっとすごい奇跡が起こせたらいいのにな。剣くんみたいに、幸せを呼ぶ力とか!」


『幸せ……』


 たしかに公花にはそう言い含めて、この家に置いてもらったわけなのだが。


 蛇は、しゅんと視線を落とした。

 なにが幸せを呼ぶ、だ。組織の元で、自分が今までに行ってきた力の使い道を知ったら、彼女はどう思うだろう。


 嫌われたくない。生き方を改めることは、今からでも、間に合うのだろうか……。


 そもそも、公花の意見も聞かずに、永遠の輪廻に巻き込んだのは剣自身なのだ。

 公花の記憶や能力が不完全なのは、己との再会の約束のせいかもしれない。


 勝手なわがままで、公花の魂までも繋ぎ止めた――先日思い出したばかりの記憶を振り返りながら、(本当の幸運の神は、おまえこそが相応しいよ)と心の中で思う。公花が前世と呼ぶ時代から、幸せを貰っていたのは、いつも自分のほうなのだ。


『公花、これを』

「ん? なぁに?」


 剣は、公花にきらりと光る一片を、鼻先でつつくようにして差し出した。

 虹色に輝く、一枚の鱗だ。


 公花はそれをつまみあげ、蛍光灯の明かりに透かして目を輝かせる。


「きれい……平たい飴玉みたい。くれるの?」


『ああ。俺の力がこもった鱗だ。お守りになる。持っていてくれ』


「へぇ~、お守り! ありがとう、大事に使わせてもらうね!」


 満面の笑みで頷いた公花は、いつも首にかけている小袋の中にいれ、持ち歩くことにしたようだ。


 ピンク色の小さな巾着袋は、ご利益のあるお守りだといって、彼女の父がくれたものらしい。大きさとしてもぴったりだが、一緒に入れていいのだろうか……。


「いいのいいの。どうせお父さんがくれるものなんて、大抵パチモンなんだから~」

『そ、そうか?』


 会ったこともない彼女の父に、若干の哀れみを感じつつ……。


 こちらの鱗の力は、紛うことなき本物だ。剣の鱗は、剥がれ落ちたものでも、少なからず霊力を秘めているのだ。


 中でも数年に一度、採取できる「銀鱗」は、秘蔵の妙薬として組織の仕事にも一役買っていた。体に取り込めば一時的な体力増強、超人的な力を得ることができるのだと。


 さらには、そのうち虹色に輝くものは「龍鱗」と呼ばれ、その世代──脱皮して次に再生するまでの一生の間にひとつ取れるかどうかという、大きな力を宿した希少な一枚。

 常人には使いこなせない霊力を蓄積しているといわれているのだ。


「握ってると、不思議と温かいね? 秋口にはよさそう」


(……)


 貴重な一枚が、たとえカイロ扱いされたとしても……。


 いつか、彼女の身を守る術になってくれるはずだ。

 なにせ、本物の蛇神が生み出したお守りなのだから──。

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