第7話 蛇ノ目剣は裏で暗躍する①

 シロツメ草が咲き乱れる野山を、一匹の白蛇と、一匹のハムスターが駆けまわっている。


『アハハハ……待て待て~』

『ウフフフ……捕まえてごらんなさ~い』(※イメージ映像です)


 耳をすませば、心地よい葉擦れや、せせらぎの音。

 遠くでは、薪を取りにきた人間が、生活に必要な分だけの木を切る音がこだましている。


 神々しい白亜の体、宝石のような金色の瞳。

 そんな自分を、ふもとの村の人間たちは、「白蛇は神の使い」だと言って尊重してくれていた。


 山の祠には供え物が絶えず用意されている。

 長生きをしているらしい自分は、すでに「あやかし」の類に足を踏み入れており、山の生き物たちからも一目置かれる存在だった。


 自然に囲まれ、空には鳥が飛び、さまざまな生き物たちが自由に生きる。そんな時代に、生きていた記憶。


 ――実はずっと、忘れていた。そんな「生」があったことを。


 「メモリが抜け落ちている」ことなどどうでもよかったし、そのことに気づいてもいなかったのだが。


 廊下で公花と出会い、目と目が合ったとき、雷が落ちたような衝撃を感じて、思い出がフラッシュバックした。


 しょっぱなのイメージ映像は、いくらか脚色もかかっているが、おおかた合っているはずだ。

 浮き立つような気持ちは、たぶん本当に感じていたはずだから。


(あの頃は、楽しかった、気がするな……)


 思い出した記憶は部分的であって、すべてではない。

 長い時を生きてきた自分は、抱えるには多すぎる過去がある。


 それらは意図することなく忘却の彼方へ流してきたはずなのに、公花と過ごした世の一部の記憶だけ、取り戻せたのはなぜだろう。


 それも、はっきりとわかることは自分が白蛇で、公花がハムスターだったということだけ……前後の記憶は雲の中、だ。

 公花とはその後どう過ごしたのか、どんな別れをしたのかも、おぼろげで思い出せない。


 蛇は一定の寿命を迎えると、古い体を脱ぎ捨てて、新しい生を生きる。


 あれからいくつもの世を渡り、いつしか妖の領域からその上の神域にまで達し、気がついたら四百年以上が経っていた。


 神に通ずる力――神通力を使う者。

 今の自分は、「御使みつかい」とも呼ばれる、人とは非なるものだ。


 自分を信仰する、妖の血を引く者たちも現れ、現在では組織化された「蛇ノ目家」の当主として――「蛇ノ目剣」の名で、ここに立っている。


 一方、公花のほうは、前世の記憶は持ち合わせているものの、こちらのような特殊事情はないようだ。普通の人間の女の子であり、無駄に運はいいようだが、特異な能力も、今のところ感じない。


 ただ遠い昔の記憶をなぜか持って生まれてきたのだと、そう本人は言っている。

 それもやはり完全ではなく、こちらと同じく「ほんの一部」のようだ。

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