第15話 曲芸と前世の記憶と懐かしい匂い①
体育の授業内容に、六月に開催される体育祭の練習が入ってきた。
弥美雲学園は進学校で、どちらかというと勉学に重きを置くスタンスなのだが、優秀な生徒や校風は、結局「文武両道」に通じるものである。
トップクラスの生徒の士気も高く、なにごとにも真剣勝負。
また、成績が上位陣に及ばない生徒たちでも、ここでなら活躍できると張り切って、校庭はいつも以上に熱気が溢れていた。
白線のトラック。スタートラインに立つ公花。
体育教師が天に向けて放つ、ピストルの音。それを合図に土を蹴り上げ、走る、走る、走る!
もともと足は速いのだが、強運スキルにより吹く追い風が、彼女に力を貸している。
ゴールテープを切って、フィニッシュ。
八十メートル走、公花は見事な一位だ。それもぶっちぎりのミラクル・ラン。
「おースゲェ……。ハム子おまえ、普段どんくさいくせに、足めちゃくちゃ早いのな」
感心したように、ゴール地点で記録していた体育委員の生徒が言った。
「うん、まっすぐ走るだけなら、大得意!」
体育祭でリレーの選手に選ばれることはほぼ間違いない。走ることは好きなので、大歓迎だ。
「キミちゃん、すごい! かっこよかった~!」
走り終えた者たちが溜まっている列に寄っていくと、そこで待っていた仲良しの松下くるみが、手を叩いて褒めてくれた。
他のクラスメイトからも「ハム子!」「ハム子!」と手放しに褒められて、とっても気分がいい。
なお、ハム子というのは、公花のあだ名である。
なんの因果か、公花の名前の「公」の字を分解すると、カタカナの「ハム」になる。実は小学生の頃から「ハム子」と呼ばれるのは定番だったのだが、高校生になっても、自然とこの愛称はついてくるらしい。
(くるみちゃんが、「キミちゃん」って正しく呼んでくれるのも嬉しいけどね!)
「キミちゃん、やっぱり陸上部に入ればよかったのにねぇ」
と、しみじみと呟いたくるみに、
「ん〜、初めはそのつもりだったんだけどね……ははは」
機嫌を損ねると怖〜い神童の顔を思い出しながら、言葉を濁す。
すると、周りにいた者たちが、一斉におしゃべりに加わって──。
「テストの点数がドベだったから、部活動を禁止されたってほんと? 蛇ノ目くんに勉強を教えてもらえるなんて羨ましい……」
「いやー驚いた。どんくさハム子にも褒められるところがあったんだな……!」
「人間なにかひとつはいいところを持ってるっていうけど、本当だったんだ! なんだか勇気が湧いてくるな〜」
「……」
褒められてるんでしょうか、それとも貶されてるんでしょうか……。
あだ名は嫌ではなかったが、「どんくさい」の形容詞はいただけない。
だが体育の授業を経て、クラスの皆の自分を見る目が、真に「見なおした」的な光を帯びていることは明らかだ。
体育祭という舞台でなら、どんくさハム子という汚名をそそぐことができる。
よーし、ここで大活躍して、学園のヒロインにあたしはなる! ……はずだったのだが。
その数分後。
「わぁぁああ! 皆、どいてどいてどいて~!」
「きゃあー! キミちゃん、危ない!」
「先生~! ハム子がまたやらかしてます!」
「こらぁ! なにやってる、日暮ぃー!」
「止まれないんです、どうやって下りたら、いいんですかぁ~!?」
大玉転がしの練習で、どこをどうやったのか大玉の上に乗ってしまった公花は、下りるに下りられず、玉乗りの曲芸を繰り広げていた。
そのまま真っ直ぐゴロゴロと、大玉を乗り転がし続けて――ついに校庭の端にまで行ってしまい、目の前には緑化のため植えられた大木が!
(ぶつかる~っ!)
――ばいーん……!
幹に激突し、大玉ごと弾き飛ばされた公花は、宙を舞う……。
後頭部から地面に激突する、と思われた。
(もうダメ、ますますバカになる……)
公花は空中を落下しながら、痛みを覚悟し、目をぎゅっとつぶったが……。
(……?)
思ったような衝撃は訪れない。
激突の瞬間、なぜかふわっと体が浮いて回転し、仰向けではなく直立体勢に戻って……そのままストン、と着地する。
――グキッ。
「あいたぁっ!」
足裏から着地するのが想定外で、変に捻ってしまった。
痛みを覚えて、地面に倒れ込む。
「大丈夫かー!」
体育教師とクラスメイトが、慌てて駆けつけてくる。
「ハム子、お前マジで勘弁しろよ……」
「大丈夫? 足首がどんどん腫れてきてる……!」
(皆、優しい……)
「日暮、もういいから、すぐ保健室に行ってこい」
体育教師から、中座を命じられた。
よくわからないミラクル着地は、器用な技だと片づけられて。
公花は授業を抜け、保健室へ行くことになった。
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