第16話 曲芸と前世の記憶と懐かしい匂い②

 ――同時間帯、蛇ノ目剣は、三階の教室の窓際の席で、英語の授業を受けていた。


 担当の教師が英文の音読をしながら、机の間を巡回している。


 換気のために開けた窓の隙間から、外で体育にいそしむ生徒たちの賑やかな声が流れ込んでくる。


 そっと視線を校庭に向けると、公花が相変わらずちょこまかした動きで頑張っていた。


 そばにいるとイラッとして口出しせずにはいられないが、こうして遠くから眺めているぶんには、動きがユニークで面白い。

 クラスの連中ともうまくやっているようだ。憎めない性格だし、周りを囲む人々の縁にも恵まれる、そういうやつだ。


(あいつを見てると無性に……いじめたくなるんだよなぁ……)


 授業中だというのに、知らず口角が上がっていることに気づいて、唇を結びなおした。


(……?)


 教師がすぐそばを通りかかったので、教科書の上に視線を戻したが、どうしてか白っぽく視界が霞んでいて、アルファベットがよく見えない。

 眉間に指をやり、揉んでみる。


 最近、神通力を使った後、極度に疲れを感じるようになっていた。別に「家の仕事」で力を駆使する機会が増えた、というわけでもないのだが……。


 しばらく、体を休ませたほうがいいのかもしれないな。


 そう思いながら、再び窓の外へ何気なく目をやると――。


(……んなっ!?)


 校庭がにわかに騒がしくなったと思ったら、公花が大玉に乗る曲芸師と化しているではないか。


(どこをどうやればそうなる……)


 口元に手をやるが、笑いごとではない。

 頭でも打ったらどうする……あぁ言っているそばから、そっちには木が……。


 見ていられなくて、すぐに念を込めた。


 木に激突し弾かれて、落下する公花の体を浮かせ、体を垂直にして、地面に足から落ちるように調整する。神通力がどうにか間に合って、頭を打つのは免れたはず。


 ん? なにやら地面でのたうっているな。

 着地のとき、足でも捻ったのだろうか。せっかく助けてやったのに、不器用なやつだ。


「それじゃあ……蛇ノ目くん。次のセンテンスを読んでくれるかしら」

「はい」


 教師に指名されたので、意識を授業に戻し、教科書を手に立ち上がった。

 だが、本を持つ手に力が入らない。どっと体が重くなり、めまいが襲ってくる。


「蛇ノ目くん?」


 誰かの慌てたような声が耳に届いたが、返事をする余裕はなかった。


(ダメだ……目の前が霞んで、平衡感覚が……)


 天地が回るような気がして、崩れるように倒れ込んだ。

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