第14話 日暮家と蛇ノ目家④

 彼女もまた、長い時を生きてきた、蛙を祖とする妖である。

 年齢は二百余年。

 御使いを補佐する「側仕え」として長寿を許されているものの、主との霊格の違いは明確にある。


 蛇のように再生することはできず、時の流れの先に終わりは待っている。

 だが、彼女には刻んだ皺とともに培った知恵があった。


(剣様の記憶が、戻りかけている……)


 神通力を使う御使いが、前世の記憶を取り戻すなど。

 これは、長らく仕えてきた自分が見る限り、初めてのことだった。


 剣に運命づけられた「輪廻の呪い」が不安定になったことは、薄々感じていた。

 神通力の減少自体は、今に始まったことではなく、数十年おきに訪れるサイクルだ。

 そのたびに御使いは脱皮を繰り返し、また新たな肉体となり、充足した霊力を取り戻す。


 神域に達した妖、御使い――摂理によって選ばれ、輪廻の枠を外された、神が定めし存在。

 彼女は生業であるサポート役をこなしながら、その大いなる力を利用するようになっていた。


(再生した当初、御使いは幼い子どもの姿になり、余分な記憶は消去される。それゆえ扱いに困ることはなかったのだが……)


 不必要な遠い昔の記憶がよみがえるなど――なにかの綻びとしか思えない。

 物事には終わりがある。

 おそらく、もう剣の体も魂も、限界を迎えようとしているのではないか。


(もし、そうだとすれば──)


 当主の力を裏の世界で活用することで、蛇ノ目家と宗教団体「騰蛇とうだ」は繁栄してきた。


 舞い込む祈祷や呪詛の依頼。それは表社会だけの繋がりにとどまらず、裏の政財界、警察権力に至るまで、根深く関係を築いている。

 当主の力がなくなれば、困ることは明白だが――。


「だが、これはチャンスだ」


 側仕えで終わるつもりはない。

 自分とて、数百年生きてきた妖なのだから。


 こんなこともあろうかと、準備は進めてある。御使いの能力を引き継いで、己が一族のトップに立つ――。


 老婆は耳まで裂けるほどに口角を上げ、クツクツと笑った。

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