第13話 日暮家と蛇ノ目家③

「おかえりなさいませ、剣様」

「ああ」


 剣は愛想のない返事をひとつ。

 近くにいた使用人に鞄を持たせ、老婆の横をすり抜けて、屋敷の中へと入っていく。


 制服の襟元を緩めながら、和風の内装で趣きのある廊下を進む。

 老婆は少し下がった位置で、一定の距離を守り、しずしずとついてくる。


「ご学業はいかがでしたか?」


「変わりはない」


「お体が辛いようでしたら、お申しつけください。本来あなた様は、庶民に交じって通学などする必要はないのですから」


「……問題ないと言っている」


 剣は、この蛇ノ目家の頂点に立つ当主だ。家族はいない。


 老婆は、蛇ノ目が抱える宗派の、表向きの教祖。

 剣にとっては世話係のようなものだが、愛情はお互い持っていない。


 剣は世間的には未成年、少年の姿であるため、形式的には老婆に扶養されている形になっている。

 老婆の干渉を鬱陶しいと跳ねのけることはできるが、そうする理由もないので、結局は好きにさせているのが実情だ。


 身辺警護のためと言って監視されるのは慣れているが、知られたくないこともある。老婆のすべてお見通しだという態度に、気持ちが苛立った。


「それと……日暮、公花、でしたか。妙に目をかけられているご様子ですが……はて、気に入られたのでございますか?」


 剣は足を止め、老婆を振り返った。

 一介の使用人であれば震えあがる氷の視線を、老婆は事もなげに受け止めてくる。


「公花には手を出すな」


 視線に力が入った。老婆の手にあった杖に、ぴしりとヒビが入る。


「……御心のままに」

 老婆の爬虫類を思わせる小さな目が、にんまりと歪んだ。


       *


 地下に作られた一室。


 松明のみの明かりが照らす古来ゆかしき空間は、まつりごとを行う秘密の神殿だ。

 檜の柱に白紫で編んだしめ縄。壁に貼られた札は、裏の仕事で受けた呪詛の数だけ、びっしりと――。


 奥の祭壇には、「ご神体」――いくつもの蛇の抜け殻が安置されていた。


 その上には、刺繍をほどこされたタペストリー。自らの尻尾に噛みつく蛇をモチーフとした家紋が描かれている。


「……そろそろ潮時か」

 蛙に似た老婆、蛙婆女あばめは呟いた。

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