第34話 忍び寄る魔の手③

 近隣の住人が家から出てきて、道路から不安げに見守っている。


「公花……!」


 避難している人たちの中から、泣きそうな顔をした桃子ママが、おばあちゃんの肩を抱いて近寄ってきた。よかった、無事だったのだ。


「お母さん……! おばあちゃん」


 ふたりに抱きついて、家族の無事を確認する。桃子とおばあちゃんは連れ立って買い物に出かけていて、戻ってきたらこのありさまだったのだと。


 消防車を呼んでいるが、途中なにか事故でもあったのか、まだ到着しないらしい。


「いったいなんでこんなことに……じいさんが遺した家が燃えちまうよぉ」


 肩をすぼめて震えているおばあちゃんを抱きしめる。


 火の勢いはボヤというには弱くなく、このままでは公花の家にまで及んでしまうだろう。かといって個人宅の消化器では対応できそうにない。


(消防車はまだなの? 早く、早く来て……)


 焦れるように祈っていると、突如として空が陰りだし、みるみるうちに暗雲が立ち込めた。ぽつりぽつりと水滴が頬に落ちてくる。


「え……?」


 やがてザーッとバケツをひっくり返したような大粒の雨が、周辺に降り注いだ。

 突発的なゲリラ豪雨だ。


 時期的には珍しいものでもないが、タイミングが良すぎる。


 ふと腕にかけていたトートバッグに目をやると、中では小さな生き物が熱を帯び、発光していた。


「剣くん……」


 蛇は瞳を閉じ、微動だにせず、集中している。力を発動しているのだ。


 雨が火の勢いを抑えている間に、消防車のサイレンの音が近づいてくる。


 公花は夢中で、大きな力を振り絞ってくれているであろう優しい彼に、強い想いを送った。感謝と応援、そして心配……。


 胸が、どうしようもなくざわめいている。弱っていたはずなのに、自然を操作するようなことをしてしまって、彼の体は大丈夫なのだろうか。


(どうして剣くんは、ここまでしてくれるんだろう――)



 ――野次馬でごった返す通りの向こう。路地の影から騒ぎの様子を眺めている、ふたりの黒服の男たちがいる。


 表情ひとつ動かさず、黙って目配せをしあうと、足音もさせずに速やかに去っていった。

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