第35話 襲撃の夜①
火事は消し止められ、幸いにして怪我人はひとりもいなかった。
集積場所に捨てられたごみの中に、可燃性のものが含まれていて、夏の日差しで高温となり、発火したのではないかと思われたが、詳しくはわからない。
火災現場に隣接していた日暮家は、風向きが味方したのか、建築資材の質がよかったのか、外壁を焦がした程度で済んで、消防隊員には奇跡だと言われた。
だがススのにおいがひどく、火元側に面した和室と二階の公花の部屋は、使用不可能。反対側にあったリビングだけは、なんとか使うことができそうだ。
とにかく人への被害がなくてなにより。家を修理するまでどうするかなどの問題は、明日考えることにして。
「公花、本当に大丈夫? 夏とはいえ寒くないかしら……」
「平気よ、お母さん。とにかく今日はゆっくり休んで。おばあちゃんも」
ほかの部屋から無事だった荷物を運び込んだリビングに、三人(プラス一匹)が寝るには手狭ということで。
本宅には母と祖母を残し、公花は庭にある倉庫の中の荷物をどけて、そこで夜を過ごすことにした。
倉庫はトタン屋根のプレハブ工法だが、整理すれば四畳半くらいのスペースは確保できる。季節的に寒さに震えることもないし、別館か離れだと思えば、そう悲惨でもない。
「子どもの頃は、秘密基地みたいにして使ってたしね」
「そんなこともあったわね……なにかあったら、すぐにこちらに来ていいからね」
「うん。一応、中からつっかえ棒をして、扉に鍵をかけるね。合図は、いつものO・MU・SU・BIで……」
と、陽気な仕草で母を安心させながら──実は、内心は穏やかではない。
公花が自らそれを申し出たことには、ちゃんと理由がある。
剣の様子が気になって、家族の目を気にしていられる状況ではなかったからだ――。
おやすみの挨拶を告げた後、キャンプ用のポータブルランプを持って倉庫に入った公花は、作り笑顔を消し、先に運び込んであった籠のそばへと駆け寄った。
籠の中に安置されている剣は目を閉じて、ぴくりとも動かない。
「剣くん……まだ目を覚ましてない……」
そっと指で白い体に触れると、その冷たさと皮膚の強ばりように驚く。
(このまま死んでしまったらどうしよう)
自分たちのために神通力を使ったせいで、彼の疲労が限界を超えてしまったのは明白だった。もしもの未来を考えると心は氷水を浴びたように凍えて、全身が震えてくる。
白い小さな顔にこちらの頬を近づければ、かすかな吐息を感じる。
死にはしない、ただ一時的に弱ってしまい回復に努めているだけなのだと――そう信じるしかなかった。
すんすんと鼻を鳴らしながら、公花は大切なものをあやすように籠を一度抱きしめる。
毛布にくるまっているうちに、いつの間にか目を閉じて、眠りに落ちていた。
――寝静まった深夜。
グラグラと揺れる感覚に、まどろみの中にあった意識が揺り起こされる。
「……な、なに!? 地震?」
倉庫が左右に振動している。急いで外に飛び出したほうがいいのだろうが、真っ暗な中、なにも見えない状態では、機敏に行動することができない。
だが思ったよりもすぐに、ぴたりと揺れがやんだ。
その隙にランプの明かりをつけて、まずは籠の所在と剣の無事を確認する。それはすぐ手の届く位置にあった。中にいる剣の様子も、変わりはない。
(よかった……でも、また揺れるかもしれない。外に出たほうがいいよね……)
籠を抱えて、避難しようと立ち上がった。
出入り口の扉に手をかけようとして、
――メキメキッ……。
目の前で、スチールの扉がきしむ嫌な音が。さらに鍵の代わりに設置していたつっかえ棒が、不自然に歪んだ。
何者かが、外側からこじ開けようとしているのだ。
「えええ!?」
すぐにバキンと棒が折れて、扉は開かれてしまった。
仕切りを失った出入り口から見えた倉庫の外には、ふたりの男が立っていた。
不気味な赤い眼をした痩躯の男。
そして、体重も身長も公花の二倍はありそうな、熊のような大男だ。
「みいつけた」
赤眼の男は、人相がいいとはいえない顔で、にやっと笑った。
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