第36話 襲撃の夜②
「ふがふが! 俺、力持ち!」
もうひとりの大男が、興奮をあらわに天に吠える。
倉庫を揺らし、扉を壊したのは、どうやら大きいほうの彼の仕業のようだ。
でも、簡易倉庫とはいえ、腕力でこじ開けるなんてあり得るのだろうか。
そうはいっても、目の前のふたりが「普通」ではないことは、公花にもわかる。
襲撃者たちは、ふたりとも異様なオーラを発していた。
(剣くんが言ってた、異能を持つ人たちだ……)
ゆっくりと後ろに下がるが、明らかに追い詰められている状況。
赤眼の男が、首を傾げてちょっと面倒くさいみたいな仕草をとりながら、言った。
「おい、そこのちっこいの。ご当主はそこにいるんだろ? あぁ、その籠の中か。随分と可愛いサイズになっちゃってなぁ。迎えに来たんだ。とっととこっちに渡せ」
「い、嫌です! なんなんですか、人の家の倉庫を壊しておいて……!」
「はぁ? 俺たちに逆らう気? あんたの命は保証されてないけれど、どうしようかなぁ」
公花は籠をかき抱いて、必死で睨みつける。
「警察! 呼びますよ!」
「警察だって。笑っちゃうね。おい、クマ。もっと暴れていいぞ」
赤眼は大男に目配せをし、指をくいっと曲げて合図した。
「俺! 暴れる! 了解!」
命令を受けた大男が、倉庫の壁を掴み、ゆさゆさと揺らしだす。
「きゃああ!」
床が波打つように揺れて、立っていられず膝をついてしまう。
「ちょ、ちょっと……やめてー!」
「ふがー!」
大男は興奮している様子で、ついには壁の一枚をちぎり取るように、破壊してしまった。
倉庫を倒壊させる気だろうか? 庫内には天井収納もあって、そこにも大型の荷物がしまわれている。このままでは、それらが頭上に降り注ぐことにもなりかねない。
だが逃げだしたくとも、背後には壁があり、前方には敵が待ち構えている。
「やめて……やめてったら、バカー!」
すると赤眼が片手を上げて大男を制止し、大男の暴動も止まった。
どういうつもりだろう。猶予を与える気だろうか? けれどなにを言われても、剣を渡すつもりはない。
公花は気を張ったまま、キッとふたりを睨みつけた。
赤眼が、にやにやと笑いながら、公花の頭上をチラリと見た。
上がどうかしたの? ――嫌な予感がして、敵の動きを気にしながらも確認せずにはいられない。
思い切って視線を上に向けると、棚の上にある大きな衣装箱が、乗りだすようにして傾いていた。
箱はちょうど公花の真上の位置にある。今から避けるのでは間に合わない。
(落ちてくる――!)
もうダメだと、目をぎゅっとつぶった。とっさに籠を体の下にかばい、屈み込む。
ドンッ――。
重量のあるものが落下し、続いてガラガラと崩れる音。
埃が舞い上がり、土っぽいにおいが庫内に充満する。
けれど痛みは感じない。いつの間にか、公花の体は、別の影に守られている――。
「剣くん?」
人間の姿に戻った剣が、公花をかばうように覆い被さっていた。
「公花……」
久しぶりに見た、整った少年の顔は、闇に浮き上がるように白く、美しかった。
(……っっっ!!)
顔面が攻撃力抜群のクール美男子に床に押し倒されている体勢は、本能的に平静ではいられない。心臓が「ドッ」と音を立てて、そのまま停止しそうになる。
けれど、すぐにそんな動揺も吹っ飛ぶくらい、彼の表情は苦痛に歪んでいた。
額には汗が滲み、悲壮感が漂っている。
(剣くん、顔が真っ青……)
落ちてきた荷物類は、見えない壁に弾かれたように、自分たちの周辺に散らばっていた。剣が神通力を使い、退けたのだろう。
剣は膝立ちのままよろりと動き、公花を後ろに隠すと、襲撃者を睨みつけた。
「
「あーあ、だいぶ痛々しいですねぇ」
赤眼の男、もとい黒尾という名らしき敵が、嘲るように言う。
「ご当主。すっぱだか」
もうひとりの樋熊と呼ばれた大男が呟いたとおり、蛇から人型に戻った剣は、服を身につけていなかった。色白だけれど、軟弱ではない男らしい背中が闇に浮き上がっている。
(ひゃああっ)
こんなときになんだが、なんとかせねばという思考が働いて、足元に毛布があったのを引っ掴み、素早く彼の肩に被せる。ふぅ、これでよし。
うすら笑いをやめない黒尾が、煽るように肩を竦めた。
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