第37話 襲撃の夜③

「おんやぁ、仲のよろしいことで。そういうの、壊したくなっちゃうんだよなぁ……」


「貴様……」


「冗談ですよぉ。一緒に帰りましょぉ。せっかく蛙婆女様から力を頂いたので、もっと暴れてみたい気もするんですがねぇ」


 黒尾がいやらしく唇を舐める。

 剣は破壊された倉庫の惨状を見て、顔を歪めた。


「……おまえたち……銀鱗を使ったな」


「そうなんですよ。特別にいただきました。これたまんないっすよね。前世の力を引き出してくれるのか知らないけど、ちょっとキメただけで絶対無敵なんだもん。一枚といわず、もっとくれません?」


 ぺろんと出した長い舌の上に、平たく透き通った、飴のようなものが乗っている。銀色の輝く鱗……公花がもらった虹色の鱗の色違いだ。


 公花は思わず胸元に下げたお守り袋に手をやった。


(やっぱり飴だったんだ……舐めたらおいしそうな色だと思ってた)


 場違いだが正直な感想。

 横道に思考が逸れそうになったところで、黒尾が足下に転がっていた荷物を軽々と蹴り上げた。いちいち足癖の悪い人だ。


「今のご当主様じゃ、俺たちふたりを相手に、その子、かばいきれないですよね? どうします?」


 自分が足手まといになっているとわかって、公花は唇を噛む。


 剣が、ビシビシッとその身から電気のようなものを発した。

 これも、神通力のひとつなのだろう。すごい、映画みたい。目に焼きつけようと、公花は目をしばたく。


「おや、やるんですかぁ?」


 ごくりと唾を飲み込む。

 無理だ。もうきっと体を起こしているのも限界なのに。


 わずかの間の後、剣は発していた雷を収めた。

「わかった……戻る……だから公花には手を……出す、な」


 剣が崩れ落ち、みるみるうちに蛇の姿へと戻っていく。

 また気を失ってしまったのだ。

「剣くん!」

 公花は慌ててそばに寄り、毛布ごと蛇の体をかき寄せた。


「拍子抜けだなぁ。それじゃ、撤収しますか。ご当主の身柄確保しま~す」


 黒尾が近寄ってきて、こちらへと手を伸ばしてくる。


「ダメッ」


 公花は黒尾の腕に噛みついた。


「うわ、なんだこいつ! 邪魔!」


 腕を振られても、そう簡単には離さない。なんだかいつもより力が湧き出る気がする。負けるもんか!


 けれども、いつの間にやらそばに来ていた大男・樋熊に首根っこを引っ張られて、羽交い絞めにされ、動けなくなってしまった。そうだ、敵はもうひとりいたんだと気づいたときにはもう遅い。


 樋熊に抱えられた公花は、完全に足が浮いて自由を奪われてしまう。足をばたつかせて暴れるが、びくともしない。


 と、公花の頭の後ろにクンクンと鼻を寄せた樋熊が、首を傾げて呟いた。

「なんか元気だなぁと思ったら、この子から、ご当主の力、感じる」


「ん? そう言われてみれば……」


 公花に力を与えている「源」を感知した黒尾は、ポンと手を叩き、おどけた仕草をとった。


「あっそうだ。一番はアレを回収しろって言われてたんだった。ご当主は二の次だったんだよねぇ。忘れてたぜ、危ない危ない」


 樋熊に「そのまま押さえとけ」と指示した黒尾は、はりつけ状態となった公花の顔前に長い爪の生えた指を伸ばしてくる。


 顎をクイと持ち上げられ、喉をさらされておびえるも、あちらの目的は公花が首から下げているお守り袋だったらしい。

(えっ……)

 首元にあった紐を、尖った爪でプチッと切り取られてしまう。


 中には剣からもらった虹色の鱗が入っている――黒尾の狙いも、それだ。奪われたくなかったが、抵抗できない。


「返して! どろぼー!」


「キーキーうるさいなぁ。やっぱり黙らせておくか。後始末は、婆様がうまくやってくれるっしょ」


 凶器の爪をひけらかし、舌なめずりする姿に、ゾッとする。

 あの爪で刺したり引っかかれたりするのだろうか。


 焦らすようにゆっくりと爪の先が迫ってきて、ぷつりと喉元に押し当てられた。

 やっぱり怖い、先端恐怖症になりそう!


 すると、後方からバシッと大きな音がしたと思うと 後ろの樋熊が低く呻いて、ふいに拘束が解かれた。

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