第38話 襲撃の夜④

 足を地面につけて振り向けば、頭を抱えてしゃがみ込んでいる樋熊と、ほうきを持った福子おばあちゃんが立っていた。


「おばあちゃん……?」


「うちの孫娘になにさらしとんじゃあ、この唐変木のすっとこどっこいが!」


 ぱしぱしぱし! はしぱしぱしぱし!


「あいたっ、いた、いたい、いたい!」


 おばあちゃんは大男の後頭部に連続攻撃を繰り出すと、最後はお尻を蹴って自分の二倍はある巨漢を地面に転がした。


「な、なにやってるんだよ、クマ……。ただのババア相手に……」


「違う。あの婆さん、変。力、吸い取られる」


 改めて見ると、樋熊の異様に盛り上がっていた筋肉やごつい体格が、小さくなったように感じるのは気のせいだろうか。


「ふんっ、このインチキ小僧どもが」


 おばあちゃんは普段とは違う、凄味のある声で言った。その姿もほうきも、発光して神々しい。


「立ち去れい。邪悪なる者よ!」


「はぁ……? ふざけんじゃねぇよ、このババア……」


 去れと言われて引き下がるような人たちではない。反撃しようと構えた黒尾――だがその目は、すぐに驚きに見開かれた。


 ナイフのごとく伸びていたはずの彼の爪が、元の人間らしい長さに戻っている。体つきもやはり縮んで、一般的な鍛えた程度の体格へと変わっていたのだ。


「こんなに早く鱗の力が切れただと? いや違う......力が抑えられている?」


「ふぁ……どうしよ、クロぉ。俺、力が出ない……」


 樋熊が一転して心細そうに言う。異能を発揮していなくても十分巨漢で強そうなのだが、体は大きく見えて、平常モードでは気が小さいらしい。


「……くそっ。まぁいい。今日はこれで勘弁してやる。ひとまず、一番の目的は果たしたからな! ざまあみろ!」


 奪った戦利品を見せつけるように指先にくるりとお守り袋を弄び、彼らは闇の中へと消えていった。


       *


 公花たちは本家のリビングに戻り、白蛇が眠っている籠に毛布代わりのハンカチをかけ直した。

 桃子ママは、おばあちゃんの魔法かなにかで深く眠っているようで起きてこない。


 公花は、今も横に付き添ってくれている、謎のおばあちゃんに尋ねた。


「剣くんは、大丈夫なの……?」


「限界は近づいておるが、力を使い過ぎなければ今すぐにどうというわけではない。じゃが、敵はそれを許さないじゃろう」


 剣の存在。敵とは何者なのか。

 おばあちゃんの体に入った、おばあちゃんでない何者かが語る。


 以前、剣の口から聞いた事情とおおよそ一致していたが、剣は単に長寿をもつ妖というだけでなく、同じような異能の者たちを束ねる、組織の当主なのだという。


 その組織とは、裏で非合法の悪事にも手を染めている宗教団体「騰蛇」――。


 敵は異能を持つ集団であり、その筆頭である教祖の名は「蛙婆女」。その人も「普通の人間」ではなく、長く生き続けてきた強力な妖だという。


 蛙婆女は、元々はご神体をサポートするために存在する「側仕え」と呼ばれる役割を持っていたが、常人よりも長く生きたために知恵と野望を増長させ、悪だくみをするようになった。


 組織は邪教集団と化し、本来は繁栄をもたらす存在である剣の力を吸い上げて、能力者の覚醒や、裏の世界で要人を呪ったりして暗躍しているらしい。


 公花は、剣が自分の家に帰ろうとしなかった理由を、はっきりと理解した。

 そんな邪教の神みたいに崇められて、利用されて、彼が嬉しいと思うはずがない。


「やつらに、剣を渡してはならない」

 厳しい表情で、おばあちゃんが言った。


「そりゃあ、剣くんのことは守ってあげたいけど……どうしたらいいの、教えて、おばあちゃん。っていうか、助けて!」


「……すまないが、わしが力を貸すことはできん。思い余って、おぬしのおばあちゃんの体を借りて、しゃしゃり出てしまったが……これ以上の干渉は許されない。わしはもうすぐ消滅する。その後は、元のおばあちゃんへと戻る……」


 声はノイズがかかったようにかすれて、切なく揺れていた。


 ――かつて思念体であった存在は、公花と、その手の中で眠っている蛇を、優しく見つめた。

 本当は俗世と関わることは、禁じられていた。それでもつい、手を出してしまったのだ。彼は、息子のような存在だから。


「長く、見守り過ぎた――。どうか、その子を助けてやって」


 ぷつりと、不自然に声が途切れる。


 しゃきっとしていたおばあちゃんの姿勢が、ゆっくりと丸みを帯びていく。一度閉じた瞼を再び開いたとき、いつもの穏やかなおばあちゃんに戻っていた。


「はにゃ? わしゃ、どうしたんかいのう」

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