第45話 奪還①

 ここはどこだろう?

 公花は弾かれたように瞼を開くと、どんぐり眼で周囲を見回した。


 目の前には金属製の格子。小動物用の檻に入れられているらしい。

 体はまだずんぐりむっくりハムスターのまま、変身は解けていない。


(私……そうだ、庭で捕まっちゃったんだ)


 その犯人である赤眼のアイツ──黒尾は、今は近くにはいないようだ。


 あの人ったら、人をつまみ上げたままツンツンつついたりしてからかってきて。

 「食べちゃうぞー」とばかりに大口を開けて顔を近づけてきたから、つい鼻っ柱を蹴っ飛ばしてしまい……。

 そうしたら怒りだして、大人げなくこちらの体を掴んでぶんぶん腕を振り回すものだから、公花は目を回して気絶してしまったのだ。


 その後、ここに入れられ閉じ込められたようだが、幸い怪我や、痛いところは特にない。むしろスッキリ寝て起きたから目も頭も冴えている……気がする。


 見張りの姿もなく、ひとまず緊張の糸を解いた。

 見たところ、ここは屋内の貯蔵庫のようだ。鉄柵の向こうには、玉ねぎやジャガイモなどの絵が描かれたダンボール箱が積まれている。


 おそらくは、蛇ノ目家の敷地内のどこか――だと思う。

 奇しくも家の中に入ることは成功したが、この檻から抜け出さねばどうにもならない。狭くて二、三歩、歩きまわるのがやっとの広さの箱の中を入念に調べ始めた。


 頑丈な既製品の檻は、天井部分と箱状の土台をがっちりと四辺の凹凸で噛み合わせるタイプ。自力で押し開けるのは難しそうだ。


(柵を削って壊せないかな……)


 えいやっとばかりに棒柱の一本に歯を立てるも、キーンと嫌な感触が頭の芯に響いてひっくり返った。


(あがががが! ダメ、大事な歯が折れる!)


 途方に暮れていると、壁の向こう、何者かがズンズンと廊下を進む気配がする。


(誰か来る……!)


 足音の主は扉を開け、大柄な体を揺すって貯蔵庫の中へと入ってきた。


「――あれ? なんかある〜」

 すぐにこちらに気づいたらしく、人影が近づいてくる。逆光で、公花から相手の顔はよく見えない。


 息を殺したまま固まっていると、檻がひょいと持ち上げられて、ぬっと大きな顔に覗き込まれた。


「わー、可愛いねずみちゃん。どうしたの? 捕まっちゃったの?」


 巨漢といっていい体格に、面積の広い顔。大きさに対してつぶらで小さく見える瞳……なんだか見たことのある顔だ。


(あ! この人……うちの庭の倉庫を壊した人!)


 たしか樋熊と呼ばれていた大男だ。

 あの日とはだいぶ表情が違い、ニコニコと人畜無害な雰囲気を漂わせているが、騙されない!


『シャーーーッ!』


 公花は怒って威嚇したが、相手は気に留める様子もなく上機嫌だ。なんだかのほほんとして、殺気の欠片もない。


「可愛いなぁ。クロが捕まえたのかなぁ。ここにあるってことは……まさか今晩の食材にでもするつもりで?」


 ひい! やめて食べないで!

 途端に目の前の彼の笑顔さえホラーじみたものに見えてきたが、素朴な風貌の彼は、実に穏やかな声音で言った。


「な〜んてね。可哀想だから逃がしてあげようね、ウンウン」


 クマちゃん、良い人!

 彼はきっとお酒で悪酔いするタイプ。あの日は銀鱗の力で暴走していたのだろう。

 初犯だし、ひとまず倉庫損壊の件は許してあげることにする。


 樋熊は檻の噛み合わせをはずし、蓋を開けてくれた。部屋から出て、すぐ目の前の庭に逃げられるよう縁側の縁に降ろされ、公花は晴れて自由の身となった。


「もう罠とかに引っかからないようにするんだよ〜」


(こくこく)


「わぁ、返事した! 頭のいいねずみだぁ」


 太い人差し指の腹で頭を撫でられて、ハイタッチでお別れをした。


 早速その場を離れて、縁の下に身を隠す。基礎の木柱が入り組む中を進み、換気口から再び屋敷に侵入、探索を開始する。


(剣くん、どこにいるの?)


 公花は方向音痴だし、広大な日本家屋の内部構造もわかっていない。けれども体の中に息づいている蛇神の鱗の力が、向かう方向を示してくれる気がした。


 本能のまま前進する。障害があれば切り崩してでも進んでいくのだ。そうすればいつか、目的地にたどり着ける。


(……それにしても広いなぁ)


 基本、足が短いので回転率が半端ない。それでも、やがて屋敷の地下フロアにまで到達。その天井裏をちょこまかと、時折、天井板の隙間から下を覗きながら移動した。


 眼下にはたくさんの部屋と長い廊下があり、迷宮のごとく入り組んでいる。


(……!)


 途中、なにか雰囲気が変わったことを肌で感じとった。

 神殿のように神聖で、けれども禍々しい。警備員や従者の姿もなく、静謐な空気。下々の者は立ち入れない、特別な場所へと踏み込んだようだ。

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