第19話 曲芸と前世の記憶と懐かしい匂い⑤
普段は意地悪で、厳しくて、鬼だと思うときもあるけれど。
いざとなると優しいし、頼りになる……ような気がする、今日この頃。
下校しているときも、さりげなく車やバイクからかばってくれたり、困っているとなぜか駆けつけてくれたりと……。
不思議と守られているような気がするのだ。
前世が天敵同士だったからといって、初対面のときには偏見を持って接してしまい、申し訳なかったと思っている。
それに昔の記憶といっても、まるで中途半端な情報。なんせハムスターと蛇がドタバタと追いかけっこしていた頃のことしか思い出せないのだから。
(もしかしたらあの後、仲直りしたのかもしれないよね! ハムスターと蛇の、種族を超えた友情とか!)
そよそよと、穏やかな風が吹き抜けた。
ふたりきりの、静かな保健室。
不思議な縁を感じる彼は、黙っていると本当にかっこいいし、目の保養だ。
熱はあるんだろうか。そっと手を伸ばし、額に触れてみる。
(あれ? 冷たい……)
具合が悪いイコール熱がある、と考えていた公花が意外に思っていると、相手の長いまつ毛がピクリと動いて、ゆっくりと持ちあがった。
「……公花?」
気怠げな声で名を呼ばれて。
「わっ、起こしちゃった? ごめんなさい」
安眠を妨害してしまったことを謝った。
寝ているときに勝手に触ってしまったことが、なんだか後ろめたく思えてくる。
ごまかすように、夢中で口が動いた。
体育の授業中に怪我をして、養護の先生に診てもらおうと思い、保健室に来たこと。
邪魔にならないようにするので、先生が戻るまで、ここで待たせてもらいたいことなどを、言い訳するみたいに一方的に喋り続けていると……。
なんと、ベッドから起き上がった彼は、棚の中から勝手に薬箱を持ち出して、保健室の中央にあるテーブルの脇に、丸椅子を構えた。
「座れ。俺が診てやる」
「えっ……そんな勝手に、いいの?」
「手当ての知識はある。先生は、まだあと一時間は戻ってこないぞ」
次の授業もあるし、そんなに待っているわけにもいかない。
じゃあ、お願いしますと呟いて、そろそろと丸椅子に近寄り、腰かけた。
「こっちに足を伸ばせるか?」
「う、うん」
彼は上履きを脱いだこちらの足をあらためると、患部に直接力を入れないよう、そっと靴下を脱がしてくれる。
指がくるぶしあたりに触れた瞬間、心臓がドッと音を立てた。
(わっ! なんだろう、ビックリした)
冷静になろうとすると、かえって状況が差し迫ってくる。
学年の神童的存在が、目の前に屈みこみ、片膝の上に公花の素足を乗せているという……絶対に、おかしな構図。
なんだか、妙に緊張してしまう。
「冷やすシートを貼って包帯で固定しておくから、後で病院に行け。今日は放課後の補習はなしでいい」
そう言いながら、てきぱきと手当てを進めていく剣。
この体勢だと、剣の横顔を斜めに見下ろす形になるのだが。
(鼻高いなぁ……まつ毛の影、濃っ)
思わず見とれてしまった。
血色は戻っているが、もともと白い肌は、女の子よりきれいなんじゃないだろうかとしみじみ思う。文句のつけどころのない美男子だ。
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