第20話 曲芸と前世の記憶と懐かしい匂い⑥

 じっと目を離せずにいると、彼の瞳がぐりっと上向いて、こちらと目が合った。


「……なんだ?」

「い、いえいえ、なんでもっ」


 なにごともなかったように、処置した足に靴下を履かせ直してくれる──。


 かなりのニブチンとはいえ、公花とて年頃の女の子。

 ふくらはぎの裏側に添えられた手や、相手の顔の近くに足先を向けていることなどが気になりだして、ソワソワしてしまう。


「あ、あの……。汗でベタベタだし、臭かったらそのぅ、すみません……」


 剣はそんなことかと、小さく笑った。


「大丈夫だよ」


 彼の手は、額と同じ、少しひんやりとしている……。

 全体的に火照った体に染み入るようで、ちょっとだけ首筋がぞわぞわした。


(今日は、優しいほうの剣くんだ……)


 怪我人には優しく接したくなるのが人情というもの。

 やっぱり彼も人間だったんだ、なんて思いながら、次の授業から教室に復帰できそうだと安心する。


 手当てを終えた剣は、手際よく道具を片づけて立ち上がった。


(あっ、終わったんだ……)


 棚に救急箱を戻しに行く広い背中を眺めながら、改めてお礼を言わねばと思っていると、


「公花、おまえ……あまり無茶をするなよ。……俺の、目の届くところにいろ」


(え?)


 そんな言葉をかけられるとは思っていなかったので、固まってしまう。


 ぽかんと後ろ姿を見つめていると、彼がふいにこちらを振り返り、ぱしっと目が合った。


「なんだ? 聞いてるのか?」


「あ、ううん! うん、うん、わかった! それでえっと、剣くんは、まだ休んでいく?」


「ああ……うちは次が体育だから、少し面倒だ。ここで本でも読んでいくよ」


 そして、少しいたずらっぽい光をいつものクールな瞳に浮かべて、


「一緒にサボっていくか?」


 なんて言うもんだから、


 ──ドッ!!! ……と、公花の心臓がまた異常な音を立てる。


「いいい、いえ、私は治ったので、そろそろ戻らないとなので! 手当て、どうもありがとう、本当にもう大丈夫!」


「おい、治ってないだろう、走るな、おい!」


 恥ずかしさが爆発し、痛みも忘れて保健室を飛び出していた。勢いは止まらず、そのまま教室へと猛ダッシュする。


 足が、じんじんと疼いている。

 クラスに戻ると皆が心配してくれたけれど、剣と保健室で会ったことは内緒にしておいた。


 学年一の貴公子に怪我の手当てまでしてもらった、なんてことが知られたら……大ブーイングが起こることは、うっかり者の公花でもさすがにわかる。


(なんだろう、心臓がおかしいよ……熱も、出てきたかも? 変なとこ打ったんだ、きっと……)


 ドキドキと高鳴る鼓動はなかなか収まらなくて、次の時間の授業内容は、まるで頭に入らなかった。

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