第23話 猪突猛進なあの子は省エネを許してくれません③

 たしかに剣と一緒にいるとドタバタするのだが、プライベートはいつもどおりの平常運転。今日も日暮家は平和な朝を迎えている。


「お母さん、おばあちゃん、おはよ~。少し寝坊しちゃった」


「おはよう、公花。朝ごはんできてるわよ」


「ふごふご……おはよ、キミちゃん。今日はお天気の急変に注意、だよ」


「天気予報ありがとう、おばあちゃん。折りたたみ傘、持ってくようにするね」


 炊き立てのお米に、鮭とお味噌汁。

 食卓で朝食をとっていると、今日はゴミの日だからと、母から通学前のゴミ出しを頼まれる。


「玄関に置いておくから、お願いね。……でも最近、大きなカラスを一羽、近所でよく見かけるのよ。ゴミ置き場にでも居ついちゃったのかしら。困ったわねぇ」


 桃子ママが弱った顔でそう言うと、


「カラスだって? あたしに任せんしゃい!」


 普段は温厚なおばあちゃんが漢気を発揮して、ほうきを持って追い払いに行った。

 どうもカラスと聞くと農家の現役だった頃のことを思い出し、闘志が湧き上がるらしい。


 ふと壁の時計が目に入り、飛び上がる。


「あ! わたしも、もう行かなきゃ!」


 どんなに時間がなくとも、ご飯だけは完食すべし。

 慌てて米粒を頬っぺたに詰め込んで、食器を流しに片づけて。


「ひってひまーふ(行ってきまーす)!」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 母に見送られ、学生鞄と、パンパンに膨らんだゴミ袋を持って家を出る。


 ゴミ置き場に着いて、すでに山積みになっていたそこに袋を積むと、「ふぎゅるっ」と変な音がした……?


「あはは、変な音~。袋から空気が抜けたのかな。……あっと、いけない、遅れちゃう!」


 公花が駆け去った後、よろよろとゴミ山の中に隠れていたカラスが這い出て、泣いていたことは、誰も知らない。


『ナンナノ、アノ子ッ! 見張レッテ言ワレタケド、アノ子ノ周リ、邪魔バカリ、入ルノヨッ』


 蛙婆女が放った式神カラスは、しぶしぶ公花を追いかけたが、公花が学園にたどり着いた直後、にわかに天気は急変。

 豪雨があたりを見舞い、濡れ羽色の羽に激しく降り注いだのであった……。


       *


 ――中間テストの結果が返却された。


 剣はオール満点の堂々一位。これは想定の範囲内だ。


 そして公花はというと……なんと全教科五十点超え!

 順位からすれば学年で中ほどくらいだが、最下位だった入学当初の実力テストを思えば、ばんばんざいと言えるだろう。


「やったぁ~! 選択問題以外でも、たくさん正解がありました!」

「やればできるじゃないか、日暮。先生は、先生は嬉しいぞ……」


 担任の田中先生も目を潤ませて喜んでくれたし、お母さんもきっとご馳走を作ってくれるだろうと、公花はご満悦。


「蛇ノ目くんにもお礼を言っておけよ? それと、引き続きよろしくと」

「はいっ、承知仕りました!」


 言葉遣いがおかしいのは、ついさっき古文の授業を終えたばかりだから。

 けれどこれも聞きとりと暗記のコツが掴めてきた成果で、勉強の効率が上がっていることは、まず間違いない。


 学力の躍進が剣の的確な指導のおかげだということは、公花自身も、重々理解している。

 ものすごーく感謝しているし、この達成感を早く彼にも伝えて、一緒に喜んでほしかった。


 お昼休みの時間になったので早速、剣のクラスを覗いてみたが、ちょうど彼は所用で教室を出ていったと。学級委員の仕事で、職員室に向かったという。


(職員室方面に行けば会えるかな?)


 タンタンと足音軽く、教務棟に向かって歩いていくと、渡り廊下に差しかかったところで、誰かに後ろから呼び止められた。


「おい、ちょっと……ちょっとそこの、ちんまいの。待てって」


「? 私のこと?」


 公花は足を止めて、振り返った。相手の顔を見て、ぴゃっと竦みあがる。


 生徒なのに髪の色が金髪。そして浅黒い肌に少し強面の、なんだかいけない雰囲気の男の子だ。


「なっ、なにか私に御用ですか?」


 彼は鷹のような鋭い目をしていて、それも公花の警戒心を刺激していた。前世ハムスターの公花は、肉食の猛獣に繋がるものは、やっぱり苦手なのだ。


「話がある。少し顔かしてくれ」

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