第9話 蛇ノ目剣は裏で暗躍する③

 公花もこのパターンにはすっかり慣れていて、「行ってらっしゃ~い」などと言いながら小さく手を振っている。


 面倒だ。溜め息を隠し、席を立った。


       *


「ごめんね。今しかできないことに、集中したいから――」

 案の定、声をかけてきた女生徒から「好きです、付き合ってください」と告白されるも、シンプル丁寧にお断りして。


 図書室に戻り、引き続き公花の勉強を見てやって――司書から下校を促される頃には、窓から差し込む日差しはオレンジ色になっていた。


 公花と一緒に昇降口の手前の廊下まで来たところで、指を滑らせた振りをして、鞄をわざと取り落とした。


 蓋のロックを外しておいて、中身までぶちまけている自分は非常に滑稽こっけいだが、これも必要なことなのだ。


「あっ、鞄を落とした。拾うのを手伝ってくれ」

「はぁ~? また?」


 数日前にも同じことをしたので、呆れた顔をする公花だったが、「指の力なさすぎじゃない?」とぶつぶつ言いながらも、身を屈めて拾いにかかる。素直なやつだ。


 その隙に、公花のロッカーを開けた。

 予想したとおり、靴がぐっしょりと濡れて、汚れている。彼女を妬む輩が、泥まみれにしたのだろう。


(まったく手間のかかる)

 視線に力を込め、神通力で水分を蒸発させ、泥も消し飛ばす。


「剣くん、拾ったよ~。あのさ、剣くんの鞄、蓋の金具が甘くなってるんじゃない?」


 こちらのお膳立ても知らず、のんきに追いついてきた彼女から、差し出された鞄を受け取った。


「そうか。まだ新しいんだけど、不良品だったかもな」


「もう今さら交換は無理かもねぇ……。あれ? 私の靴、こんなにきれいだったっけ?」


「おい、公花。さっさとしろ。行くぞ」


「? う、うん」


 首を傾げながらも、靴を履き、テテッと後ろをついてくる公花。

 校門を出る頃には、少しの違和感など消え去って、彼女の顔にはのほほんとした笑顔が戻っている。まったく幸せなやつだ。そこがまぁ……微笑ましいと言えば、微笑ましい。


       *


 学園を遠くに見渡せる土手まで一緒に歩いて、住宅路に入るところで別れることにする。


「剣くん、ばいばーい。また明日ね」

「ああ、気をつけて帰れよ」


 彼女の姿が消えると、一台の黒塗りの車が、脇にすっと現れた。


 停車した車から、黒ずくめの服を着た運転手が降りてきて、頭を下げる。


「ご学業、お疲れ様です、剣様」

「いいから、彼女の跡をつけろ」


 運転手が開けたドアから、後部座席に乗り込む。

 ほどなく車が走り出した。


 時間に余裕があるときは、彼女が家の敷居をくぐるまで、こっそりと見送ることにしている。白蛇は元来、慎重な性質なのだ。


 音もなく車が追いついていくと――。

 気にかかっていたとおり、ひとりきりになった公花を尾行している者たちがいた。

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