第51話 現世人間のハム子は今日も元気です②

『地方名家の祈祷施設が倒壊――建築ミスか、宗教上のトラブルか?』


 そんなタイトルでニュースを騒がせた事件も、しばらくすると下火になった。人々の興味関心の移り変わりはせわしなくて、流れ星のように現れては消えていく。


 ――あの事件から二週間後の、日曜の午後。

 トンカントンカンと、小気味いい音が日暮家の庭に響いていた。


 今日は、黒尾と樋熊が倉庫を修理しに来てくれているのだ。

 もちろん剣の命令によるもので、完全無給のボランティア。


「おいクマ、そっちのトンカチ取れ」


「あい。……あ、ハムちゃんのお母さん、ありがとーございます」


「いいえ~、こちらこそ助かるわ。麦茶、ここに置くわね」


「どうもっす」


 公花の友達だということにしてあるふたりに、飲み物を運ぶ桃子ママ。

 黒尾も樋熊も、公花の家族とはすっかり仲良しだ。

 

 最初、黒尾のほうは「ったく、なんで俺がー」とぶつぶつ言っていたのだが、いざ工事を始めてみると「せっかくだから機能的にすっか……非常時にはシェルターにもなるようにして」などと凝り始めて腕を振るっている。


 DIYが好きらしいが、変な機能とかはいらないのだが……。


 午後になると、ひと目でただ者ではないとわかる少年が、チャイムを鳴らして現れた。


「こんにちは。お手伝いに遅れてしまってすみません」

「剣くん、いらっしゃい! まぁ~今日も凛々しくてイケメンねぇ」


 剣が来ると、桃子ママの目はハート型になってしまう。

 彼は本当に年上受けがよくて、人間の姿で初めて対面した際には、公花もびっくりするほど一瞬で、母の心を掴んでいった。


 今日もおばあちゃんの好きな和菓子を手土産に、そつがないったらありゃしない。

 だがまぁ、お陰でにょろちゃんが家族からいなくなってしまった心の隙間も、うまいこと埋めてくれたような気がする。


 庭のほうでは、鬼監督の襲来を察した部下たちが、悲壮な表情を浮かべているようだが――。


 後で剣が持参した和菓子をお茶請けに、みんなで休憩するとしよう。


 作業がひと段落してから、桃子ママがカレーを作って皆に夕食を振る舞った。

 リビングには朗らかな笑い声が満ちている。


 公花は剣とふたりで縁側に出て、並んで腰かけ涼んでいた。

 紫色のグラデーションに染まった空には、一番星が明るく輝いている。


「もう体調は大丈夫なの?」

「ああ……すっかり元通りとはいかないが、普通の人間として生きるには問題ない」


 公花や蛙婆女から吸収した力は、実は一過性のものらしく、そのうちに消えてしまうらしい。御使いといえど霊力を浪費すれば、また消滅の危機に陥ってしまう。

 だから神通力は、なるべく使わずに過ごしていくつもりだという彼の決意を、公花は頷きながら聞いていた。

 剣の表情は吹っ切れたように明るくて――最近、彼の人間味が増したように思うのは、そのせいかもしれなかった。


 ゆったりとした日常が戻ってきて、あの慌ただしい日々は夢だったかのよう。

 前と大きく変わったことといえば、公花が前世の記憶を取り戻したという点なのだが、前世に恋仲だった事実など、冷静になったら気まずいだけだ。


(だって恥ずかしいし、考えると心臓がドキドキして落ち着かないし……)


 過去など関係ない。大切なのは――今なのだ!


「そういえば公花。明日からまた、勉強会を始めるぞ」

「あっ、うん、そう、そうだったね……」


 不意打ちをくらった気がして、口元が引きつった。

 来週には期末テストが迫っている。剣は勉強に関しては手を抜かない。またスパルタの日々が始まるのかと思うと――日常に戻るのが早すぎたかもしれない。


「でも剣くん、しばらく授業に出れてなかったじゃない。自分のほうは大丈夫なの?」

「もともと頭のできが違うからな。勉強しなくてもすべて頭に入ってる」


 なにそれずるい、と唇を尖らせる。


「そりゃあ四百年も生きてるスーパーおじいちゃんなら知識も豊富でしょ……」

「なんだって?」


 公花は失言に気づいて、口元を両手で抑えた。


「な。なんでもないよ! なんでもないったら!」


 ぱたぱたと顔の前で振っていた手を難なくキャッチされて、公花は肩を竦めた。墓穴を掘るとはこのことだ。


 剣は握った公花の手の甲を自らの口元へと持っていき、軽く唇を押し当てて言った。


「なぁ公花。結果が伴わなかったら――わかってるよな?」


 ――三日月のように怪しく光る金色の目からは、一生逃げられそうにありません。


(第一部 おわり)

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前世ハムスターのハム子は藪をつついて蛇を出す 岬えいみ @eimi_misaki

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