第39話 女子高生と、火縄銃の威力

 夜が明け、朝倉家は武田、三好家との合戦の2日目を迎えた。


 夜が明けると、雨は上がった。しかし、辺りは真っ白で、濃い霧に覆われていたが、義景の考えは変わらなかった。


「始まったか」

「はい。今日で終わるはずです」


 毛屋猪助が目を見開いて言うと、私も今回の作戦の要、景鏡の活躍を見守った。

 義景の予定通り、濃霧の中でも、武田、三好家が立て籠もる国吉城に向けて、景鏡は何度も火縄銃で発砲する。


 30回ほど発砲した後、朝倉軍は攻撃を止め、20分ほど続いた銃撃の後は、辺りは一気に静かになる。これも義景の指示で、まだ慣れていない銃声で武田、三好家に恐怖心を植え付ける。そして静かになり、様子を見に来る、もしくは報復攻撃しに来る武田、三好家を、再び景鏡軍の鉄砲隊で、一気に武田、三好家を総崩れにして、一気に朝倉家の総力で、武田、三好家を潰すのが、義景の作戦だ。


 そして日も高く昇り、あんなに真っ白だった霧は晴れ、合戦場は、一気に視界が開けた後、少し離れた駈倉山からでも、国吉城からの喝采が聞こえた。


「凛。何を怯えている?」


 駈倉山からの盛り上がりに、私は茫然としていると、義景は私の隣に立ち、ただ真っすぐに国吉城の方を見ていた。


「向こうの士気に、気圧されてしまって……」


 この頃は、まだ未知の武器である火縄銃の銃声を聞かせても、全く武田、三好家の士気は下がっていない。恐らく、夜中に三好家から援軍が到着し、武田、三好家に余裕が出来たのだろう。


「この戦に、朝倉家は必ず勝つ。冬の間、皆の者が頑張ってくれたから、そしてお前も頑張ったからだ、凛」


 そう私を激励の言葉を送った義景は、持った軍配を、国吉城に向けた。


「田舎者と見くびっている三好家に、朝倉家の底力を見せる時が来たっ!! これまで各地に転戦し、一度も敵に背を見せたことない、宗滴様に続けっ!!」


 駈倉山に待機していた朝倉家の兵は、義景の采配によって、宗滴が率いる軍が先頭に立ち、武田、三好家と再び対峙することになった。




 駈倉山を下りて、国吉城に向けて進軍していると、前方から再び銃声が聞こえ始める。


 準備の冬の時、私は義景にある戦法を教えた。


 それは後に、織田信長が長篠の戦いで実践する、火縄銃の三段撃ち。


 柵を設置し、火縄銃に火を付け、弾を込めて発射するまで、かなりの時間を要する。火縄銃の欠点を補うため、信長はたくさんの銃を生産、南蛮貿易で銃を購入し、連射出来るような体制を作り上げた。

 その方法を義景に伝えると、今回の戦いで実践する事になった。


 しかし、流通し始めた火縄銃を、どうやってたくさん用意するのか。銃を量産化、購入するにも大量の資金がいる。不足する資金は、足利義藤の仲介もあって、越後の長尾家が協力することになった。

 火縄銃の情報の提供、北陸道の周辺海域の東西に分けて管理する、加賀、越中の一向宗の対応など。どちらにも徳がある条件で、朝倉家と長尾家は同盟を結ぶことになり、そして短期間で、約150丁の火縄銃を手にすることが出来た。


「相手側が散り散りになっていく様は、いつ見ても面白いのぉ」


 昨日とは打って変わって、戦況は朝倉家の方が有利になっている。国吉城から、近くの山から、武田、三好家の兵が流れ込んでくるが、景鏡軍の火縄銃の活躍により、三段撃ちの作戦で、多くの兵を討ち取ることが出来て、相手側は総崩れになっていく。難攻不落と、後世に言われている国吉城を捨てて、武田、三好軍は撤退しようとしていたが、静観していた宗滴が、愉快そうに笑った後、ついに動き出した。


「一気に畳みかけ、朝倉の恐ろしさ、軍神の力を見せてくれてやろうぞっ!!!」


 馬にまたがる宗滴の掛け声によって、朝倉家は全軍を武田、三好軍を壊滅させるため、突撃した。


 宗滴は、70代後半になっていても、衰えを見せずに、戦場を駆け抜け、槍を振り回し、更に数くの兵を討ち取っていき、更に武田、三好軍を追い込んでいく。


 やはり、宗滴が戦場で戦うだけで、家臣の士気が別格だ。朝倉家の一門衆、家臣たちだけではなく、普段は田畑を耕し、農業をしている農民たちの士気も高い。朝倉軍は、悪鬼羅刹、猪突猛進と言わんばかりに、敵陣に突っ込んでいき、武田、三好軍を徹底的に破壊していき、私が率いる軍も、宗滴の後に続いて行き、昨日と同じように戦場で敵兵を倒していった。


「ようよう。朝倉って強いな。見くびっていたわ」


 ゾーンに入って立ち向かっていると、一人の男が馬の上に乗って接近してきた。


「覚えているぞ。細川の時に一騎打ちしていた女だろ? あのまま死んだと思っていたが、生きていたか」

「はい。図太く生きていますよ」

「そう来ないとな」


 肩に矢が刺さったまま話す三好家の家臣、松永久秀が、私を見つけると、嬉しそうな顔をしていた。


「先ほど、私の弟が討たれた」

「それで、私に逆恨みですか?」

「そんなに私は醜くない。私も潔く、この地で散ろうと思った次第」


 そう言って久秀は、馬から降りて、降伏するような姿勢を取った。


「女も朝倉の家臣なら、褒美が欲しいだろ? 手柄が欲しいだろ? なら私を討ち取れ」


 これは、久秀の本心なのか、それとも私を討ち取るための作戦なのか。久秀の弟、松永甚介が討ち取られた確証もない。向こうの士気を上げるため、名のある武将を討ち取って、武田、三好軍の士気を再熱させたいのだろう。


 そもそも松永久秀は、何度も主君を裏切り、裏で暗躍し、最終的には信長を裏切って、名のある茶器、居城と共に爆死したと言う俗説が有名な、悪役として語られている。


「この後、貴方様は出世すると言ってもですか?」

「出世か。女の話が本当なら、惜しい話だ」


 このまま話していても、久秀は動こうとしない。私もしばらく、久秀との話を続けよう。


「三好と手を組み、そのまま幕府を乗っ取れたなら、私はこのまま女を討ち取っていた。だが、と会うと、私はやる気をなくした」

「ある男とは?」

「木下藤吉郎。私は、女の知人と聞いている」


 ここでも、後の天下人の名前が出てきたことに、私は握っていた太刀をさらに強く握った。


「老いぼれの私より、まだまだ先のある若人に任せてくれと、木下は言っていた。まだ朝倉の養分となった方が、今後の世の中の為だと。そうあの男に馬鹿にされたな」


 藤吉郎にそそのかされ、今後の歴史に名の残らない、無名の武将のまま終わってしまってもいいのかと、無理して豪快に笑っている久秀に、そう問いかけようとした時、久秀の胸から血が飛び散った。


「何、敵と楽しげに話している?」


 久秀の背後から、思い切り槍で久秀の胸を貫く、朝倉家の家臣がいて、そのまま久秀の首を腰刀で切り落として、首を持っていこうとする前に、私を目を細くして見ていた。


「凛殿。この行為は、朝倉家に対する謀反と捉えても良いか?」

「いえ。この男が、懐かし気に昔話をしてきたので、情けと思って、話を聞いていただけです」

「情けをかけるなら、さっさと殺せ。戦場で命を散らした者は、我々が後世まで武勇を残すことが、最も供養にもなる」


 そう言って朝倉家の家臣は、久秀の首を持ちながらも、敗走する武田、三好家の兵を襲い、再び討ち取っていた。


「どっか負傷したか?」

「いいえ。ちょっと休憩していただけです」


 戦場を棒立ちしていた私を心配した猪助は、そう気遣ってくれた。せっかく流れは朝倉家にあるのに、ここで私が凡ミスで負傷したら、一気に戦況が悪くなる。私の軍だけではなく、朝倉家全体の士気を下げないよう、再び気合を入れ直して、再び太刀を振った。


 それから数時間後に、この戦の決着がついた。結果は誰が見ても、朝倉家の圧勝だと分かるぐらい、朝倉家の家紋、盛木瓜もりもこうが入った幟が、悠々と戦場に立っていた。


 戦国時代の有名人、松永久秀が討ち取られてしまうと言う、史実ではない出来事が起きてしまったことに、私は武田、三好家との戦いが朝倉家の圧勝で終わった後でも、素直に喜べなかった。

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