女子高生が、戦国武将の朝倉義景をバッドエンドから救う話。
錦織一也
天文17年
第1話 女子高生、戦国の世へ
私の好きな場所は、全国に誇れる観光名所。
それはかつて、京の都の人口を上回るぐらいの人が集まり、歌人や俳人などの文化人を呼び込み、応仁の乱で荒廃する京の都以上に栄えたと言う都市、
しかし当時勢力を拡大していた、織田信長と対立し、武田信玄、石山本願寺などと手を組み、信長包囲網を築いた。一度、信長の不意を突いて織田軍を敗走させた、金ヶ崎の戦いで勝利するが、それ以降は敗戦が続き、最終的には重臣、家臣、身内にも裏切られ、自害する。100年近く続いた朝倉氏、一乗谷は炎に包まれ、栄華を築いた都市は三日三晩燃え、この世界から消え、人々の記憶から消え去っていった。
私は、毎年夏になると、両親の故郷である、福井に帰省する。そして小さい頃から一乗谷に訪れ、ぽつんと立つ朝倉館跡にある唐門、当時の町、建物を復元した街並みを歩き、写真に残すのが好きだった。
「……うん。……今日も輝いてる」
今、この時間の写真は二度と撮れない。なので、私は唐門を写真に撮ってから、改めて自分の目で見る。
今日は、一段と輝いて見える。建てられて間もないような、美しい門。そして、この一乗谷の雰囲気が好きすぎて幻覚が見えているのか、唐門の奥に見える大きな屋敷が見える。
「女は、甲斐家の残党か?」
そして、突然槍を持った男性に、四方八方囲まれる。
「野鼠のように湧く連中だ。しかも女を使うなど、卑劣な事をする」
「あ、あの。わ、わわわ私は怪しい……ですね……。あ、あの、私は甲斐って名前じゃないですし、ただ綺麗な唐門を撮りたくて、写真を撮っていただけの、ただの観光客ですっ!」
インスタントカメラ、チェキを見せつけても、周りの人たちはピンと来てない様子で、更に警戒を強め、私を問答無用に槍で突きさそうとしていた時だった。
「殺すな。この地を血を付けるなど、ここまで築き上げた、先代たちの失礼に当たる」
「か、
私は、槍を持つ男性たちを制止させた、この男の名前を知っている。
「異様な人間だ。貴様、この国の者じゃないな?」
20代ぐらいの若い男性なのに、がっつりとした体。目はキツネのように細く、キッと睨まれると、私は怖気ついて、一歩後ろに引いてしまう。実際の朝倉家の一族、朝倉景鏡は、こんなに迫力がある、今まで出会った事のない、恐怖を感じる人物だった。
「私は日本人です。れっきとした日本生まれ、東京育ち。けど両親の地元が福井で、お盆休みを利用して――」
「女の言っている意味が分からん」
そう言って景鏡は、私が持ってきていた、カメラを勝手に取り上げる。
「だが私は、これが気になってな。この絵、女が描いたのか? この寂れた風景、まるで本物のようだが、どこの寺院の門だ?」
「一乗谷朝倉氏遺跡にある、唐門です」
私がそう言うと、景鏡は目の色を変えた。
「この地が遺跡だと? 女、今この場所が遺跡に見えるか? 応仁以降、荒れた京より栄え、公家、将軍も羨むこの地、一乗谷を過去の物と言うのか?」
景鏡の鋭い目で睨まれて、私は動けなくなってしまい、返答が出来なくなった。
「逃げ出す前に捕らえろ。この場で問い詰める。それと魚住殿も呼べ」
景鏡は、周りの男の人たちにそう命令して、私も抵抗することが出来ず、無理やり腕を後ろに回され、手首を縄で縛られる。
「女。これは何かを教えてくれるか?」
景鏡は、カメラを雑に振り回しながら、説明を要求していた。
「その前に確認したいんですが、えっと、今の元号って分かりますか? そこからじゃないと、きっとちんぷんかんぷんだと思うんですが……」
地面に座らさせて、私はそう聞く。間違いなく、今は私が暮らす令和の世界じゃない。朝倉景鏡が実在する時点で、今は戦国、私はタイムスリップした。
「天文と言っておこう」
天文は、戦国時代頃の元号だ。
「私の世界の元号は令和。大体、500年後の元号と言っておきます」
「五百年。それは、私には想像できない世界だ。五百年の歳月があれば、このような物を作れるという訳か」
「はい。それはカメラと言って、一瞬で風景を記録できます。他にも遠くの人と電話出来たり、馬を使わなくても早く移動できる乗り物、今の時期、部屋の中を涼しく出来る、温度調整も出来る世界です」
嘘偽りは言わない。ここで未来の話をしても、私は特に影響はないと思ったからだ。スマホ、自動車、エアコンなんて、領地の取り合いをしている時に、発明は出来ないだろうし、この世界の人たちも、出鱈目だとしか受け止めないだろう。
「この
「
景鏡が読んだ、朝倉家の家臣の一人、
「第十一条。このような奇天烈な女子を、他国に渡しては、朝倉家の恥。この女子の秀でた部分、それは予期せぬ行動と言いましょう」
「そう来るか。まあ、この紙を見てしまっては、私もこの女を処分することは出来ない」
現代の唐門の写真を見た景鏡は、私に直球で聞いて来た。
「朝倉家は、天下を取ったのか? 戦国の世は、いつ終わる?」
これは正直に言っても良いのだろうか。あと30年後ぐらいに、朝倉家は織田信長に滅ぼされて、豊臣秀吉が統一し、そして徳川家康が江戸幕府を開いて、近代へ進むって話。まだこの世界では、信長、秀吉、家康が表舞台に出ていない。この3人の名前を出してしまったら、それこそ歴史が変わってしまい、私の知る現代ではなくなってしまうだろう。
「景鏡。魚住殿。少し落ち着け」
唐門から数名の男性を率いて出てきたのは、恐らくあの人だ。
「女子。五百年後の人なら、分かるであろう?」
景固の問いに、私は即答した。
「当主、朝倉義景様ですか?」
景鏡とは違い、恐らく年齢は私と同じぐらいだ。少しやんちゃそうな、ニッと笑うと出る、八重歯がチャームポイントの少年が、朝倉家の最後の当主、朝倉義景だ。
「私は
ヤバい。私、打ち首確定だ。
「景鏡。私の親族に、『よしかげ』と言う者はいたか?」
「存じません」
そして私は、景鏡に顔面を地面に叩きつけられた。
「泣いて許される行為ではない。殿の名前を間違えるなど、失礼極まりない」
私はまだ高校生であって、世間の厳しさ、社会のルールも知らない。
「……ぐすっ……やめ……て……ください」
育った東京で、友達と学校帰りに買い食い、休日には繁華街で遊んだり、スマホで写真を撮ってSNSに上げる。そんな何不自由もない生活をしていた普通の女子高生が、突然、大人の男性に後頭部を押され、力加減無しで、地面に叩きつけられたら、堪ったもんじゃない。
「状況も分からないまま、遠い未来から来た女を、いきなり殺すのは、止めたんだぞ。なあ女、私は優しいだろ? そう思うなら、感謝して頭を下げたらどうだ?」
再び、景鏡に顔面を地面に叩きつけられると、私は痛くて痛くて堪らない。泣き喚く事はせず、下手に刺激しないよう、すすり泣く。
「みすぼらしい。農民より汚い。こんな姿では、豪華絢爛、優雅な都にいるのは相応しくない」
景鏡に顔を上げられると、景鏡は悪魔のような顔をして、再び後頭部を押さえつけられて、地面に叩きつけられそうになった時だった。
「止めろ、景鏡」
延景は、躊躇する事無く、一族でもある景鏡の首筋に、本物の刀を当てていた。
「武器も持たぬ女子に、徹底的に非道な行為をする事が、正義か? お前こそ、この都にいる事が相応しくない」
「ついこの間、家督相続したから、殿は甘いですよ。得体の知れない人間は、すぐに排除しないと、この国が――」
「お前が、このまま女子に暴行し続ける方が、朝倉家の印象が悪くなる。お前の背後を見てみろ、私の代替わりの祝福をしに来た、京からの歌人が引いているんだが、どう落とし前を付けてくれる?」
延景がそう言うと、景鏡は慌てて私から離れて、歌人に対してニコニコしていたが、そそくさと歌人は、歩いて来た道を戻っていった。
「まだ元服して間もないから、名前ぐらい間違えられる事なんて、多々ある。重い罪ではないから、早く縄を解け」
延景の命令で、景鏡は渋々、忌々しい手首を縛っていた縄を解いた後、景鏡は服が土で汚れようが、土下座していた。
「殿が不快な思いをさせた事、朝倉孫八郎景鏡は切腹も覚悟の上です。この女は、私が厳正に処分しますので――」
「景鏡の気持ちは分かった。しかし私は、五百年後の話が気になっている。その話を聞き出してから、処分を考えるのも遅くないだろ」
この流れは、私は延景にありのままの事を話さないといけないのだろう。
「顔を拭け。血と泥だらけの顔で話されても、頭に入って来ないからな」
延景は付き人に持ってこさせた、絹の手ぬぐいを私に渡してくれた。
「あ、ありがとう……ございます……」
「景鏡がまた怒り出す前に、さっさと話せ」
景鏡は貧乏ゆすりをしながら、私を待っているので、私は泥と涙、鼻血は大した量では無かったので、すでに止まっていたので、延景から貰った手ぬぐいで顔を拭いてから、延景の顔をまっすぐ見た。
「私に気を遣わず、正直に話せ。私、もしくは子孫が受け継いで、朝倉家は越前国を守り続けるか?」
ボーイッシュな女の子みたいな見た目だが、やはり戦国大名の一人、威厳があって、目力も強い。
「私がさっき言った『義景』と言う者の代で、朝倉家は他国の大名に攻められ、滅亡します」
私は、延景に嘘偽りなく、事実を伝えた。ここで滅ぼした相手、織田信長と言ってしまったら、歴史が変わってしまう可能性があるので、名前は伏せた。
「そうか。なら今、この時から、主を雇う」
延景は、私をスカウトすると言うと、景鏡は延景の胸ぐらを掴んだ。
「正気ですか? この女が言う嘘の情報で、朝倉家を分裂させようとする、忌々しい甲斐家の残党、もしくは加賀の一向宗かもしれなません。知っている事の情報をすべて吐かせ、すぐに追放するのが得策だと思います」
「黙れ。ちゃんと私の話を聞け。景鏡は気が短すぎるのが欠点だ」
景鏡と口論になりかけても、延景は冷静だった。
「宗滴様にお願いする。元服して間もない私より、宗滴様に見定めてもらった方が、お前も納得するだろ?」
「それはそうですが、宗滴様も頼りない殿を補佐する身でもあり、各地の一揆鎮圧、そして高齢の身、これ以上多忙にさせるのは、私は反対です」
「それだからこそ、私は宗滴様にお願いしたい」
納得していない様子で、景鏡は延景を解放し、手に持っていた、私のカメラを乱暴に地面に投げた後、どこか歩いて行ってしまった。
「気にするではない。景鏡様は、気難しい一面もあるが、朝倉家の為なら率先して動く人だ。気にするな、女子」
私は、景固に髪をくしゃくしゃとされてから、景固にカメラを返された。この態度は、親戚のおじさんみたいな人だ。
「私は、朝倉孫次郎延景。主の名は?」
私の顔を拭いた手ぬぐいを回収してから、延景は微笑みながら、そう聞いてきた。
「お、恐れ多いんですけど……。私も朝倉って言う名字で……
延景の微笑みは、どこか安らぎを感じる。警戒心が解けてしまう、延景なら何でも話してしまいそうだ。
「奇遇だな。主と出会うのは、運命かもしれないな」
私の名前を聞いても、延景は怒る事も無く、驚く事も無く、小さく笑い、景固に私を宗滴に会わせるために、案内を命じ、延景は警備の男の人たちに囲まれ、再び屋敷の中に入って行った。
館の後ろには、山城の一乗谷城がある。斜面が急で、登るだけでもくたびれてしまったが、景固は余裕で登っていった。大きな石垣、天守閣があるかと思いきや、私を木の柵や、少し高く建てられた櫓がある程度で、山の中にあるアスレチック施設かと思った。
「宗滴様。若殿が、宗滴様に会ってほしいという女子がいます」
櫓の上に、真っ白な髪、高齢だと言うのに、景固以上に体ががっしりしている老人がいた。
「若殿の考えは分かる。儂に、子守を押し付けたと言う訳か」
「お、大方合っています」
「そうか。その役目、儂が責任を持って果たそう」
そう言って、皺だらけで、頬に刀傷の跡が残る老人、朝倉家をずっと支え続けていた軍神、朝倉宗滴はニっと笑った。
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